トミー・ジョン手術に関する豆知識

トミー・ジョン手術とは?

内側側副靱帯の損傷

 トミー・ジョン手術に至る投手は,外反ストレスがかかる投げ方をしています.外反ストレスがかかると外反を防ぐ役割を担う内側側副靱帯に負荷がかかります.

引用元:https://www.mcdavid.co.jp/sportmed_case/ulnar-collateral-ligament-sprain/

 肘関節内側側副靱帯(UCL:ulnar collateral ligament )は,前斜走靱帯(AOL:anterior oblique ligament),横走線維( TL:transverse ligament) 後斜走靱帯( TL: posterior  oblique ligament)の 三つの部位に分けることができます.

 トミー・ジョン手術(英: Tommy John Surgery, 側副靱帯再建術)受ける投手は,内側上顆の全部から鈎状突起に走るAOLを損傷するケースが多いようです.

 靱帯損傷の程度はⅠ度~Ⅲ度に分類されるとのことです.

引用元:http://www.baseball-lab.jp/column/entry/360/
引用元:http://www.baseball-lab.jp/column/entry/360/ 小さな靱帯の断裂により靱帯が伸びると考えられるので,Ⅰ度(軽度)について,機能障害なしとなっているのがよくわからないところです. 

 トミー・ジョン手術に至る投手は,投球ごとに内側側副靱帯に負荷がかかり,靱帯の小さな断裂が繰り返されます.靱帯が伸びた状態になっていることがほとんどということなので,完全に断裂するケースは少ないと考えられます.

内側側副靭帯損傷
前述の投球動作(加速期に腕が前方に振り出される際に肘に強い外反ストレス(肘を外側に広げようとする力)が働く)の繰り返しにより、肘の外反を制御する内側側副靭帯が障害され発症します。スキーでの転倒のような、1回の外力で靱帯が完全に断裂する場合と異なり、野球肘では繰り返す牽引により靱帯が「伸びた」状態になっていることがほとんどです。これは、靱帯の小さな断裂の繰り返しや変性(靭帯組織の劣化)によるもので、劣化したゴムに例えられます。投球歴の長いプレーヤーに多く発症します。

引用元: https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000191.html

試合中に内側側副靱帯を損傷した投手

 ネット上で試合中に内側側副靱帯を損傷したと思われる投手を調べたところ,マット・ムーア投手とダスティン・メイ投手の動画が見つかりました.

 試合中に腕を負傷した投手は他にもいますが,負傷が内側側副靱帯損傷と判断できるケースはありませんでした.

TB@KC: Moore leaves the game with an injury 2014年4月7日 肘のトラブルでマウンドを降りるマット・ムーア投手

 マット・ムーア投手はソフトバンクホークスにも在籍していましたが,2014年4月7日にこの動画の肘のトラブルでマウンドを降りたあと,ボールを投げることができなくなり,4月22日にトミー・ジョン手術を行っています.

Dustin May season ending Tommy John surgery 2021年5月1日 肘のトラブルでマウンドを降りるダスティン・メイ投手

 ダスティン・メイ投手は,この動画の2021年5月1日の登板で内側側副靱帯を損傷し,5月12日にトミー・ジョン手術を受けています.

 ネット上では投球後に痛みで転げ回る動画(骨折によるものなど)もありましたが,投球のたびに内側側副靱帯は小さな断裂を繰り返すため,一度の投球で靱帯が断裂して転げ回るほどの激痛が走ることはまずないと考えられます.

グラスノー投手の右肘靱帯部分断裂

 レイズのタイラー・グラスノー投手が,2021年6月15日に右肘靭帯の一部損傷で10日間の負傷者リスト入りしたときの記事を引用します.

粘着物質取り締まりが「怪我につながった」 右肘痛離脱のレイズ剛腕が怒りの告白
滑り止めとして日焼け止めを使用「使わずに投げた翌日に痛みがあった

 レイズのタイラー・グラスノー投手が15日(日本時間16日)、右肘靭帯の一部損傷で10日間の負傷者リスト(IL)入りした。右肘内側側副靭帯再建術(トミー・ジョン手術)を避ける予定だが、長期離脱することが決定的となった。大リーグでは投手の滑り止め粘着物質使用の取り締まりを6月下旬から始めると伝えられている。「僕の怪我につながったと100%確信している。疑う余地はないよ」と不満を口にした。

 大リーグでは投手が強力な粘着物質「スパイダータック」を使用し、速球の回転数を増やしていることが問題視されている。松ヤニや日焼け止めクリームなども処分の対象で、滑り止めとしてはロジンのみが認められるという。グラスノーは「粘着物質を使ったことがある。僕は日焼け止め。スパイダータックを使っていない。回転数をこれ以上増やす必要はないんだ。手が大きいから、問題なくボールを回転させられる」と告白。一連の滑り止め物質の取り締まりで右肘に異変が起きたという。

 8日(同9日)の本拠地・ナショナルズ戦で7回11奪三振1失点の力投で5勝目。「何も使わずに投げた。良い投球だったと思う。翌日起きたら、体に痛みがあった」。前回14日(同15日)の敵地・ホワイトソックス戦の4回降板につながり、右肘の負傷が明らかになった。この日のオンライン会見で怒りをぶちまけた。

引用元:https://full-count.jp/2021/06/16/post1097855/

  グラスノー投手は6月8日の登板で粘着物質を何も使わずに投げ,5勝目を上げました.しかし,翌日起きたら体に痛みがあり,そのせいで6月14日の降板につながり,右肘の負傷が明らかになったということです.

 グラスノー投手は,着物質取り締まりのせいで日焼け止めを使わずに投げたから,肘に負担がかかり内側側副靱帯を損傷したと考えており,「僕の怪我につながったと100%確信している,疑う余地はないよ」と不満を口にしています.

 内側側副靱帯の損傷は外反ストレスの繰り返しによって引き起こされ,スキーでの転倒のように,1回の外力で靱帯が完全に断裂するものではありません.

 内側側副靱帯の損傷(小さな断裂)の繰り返しや,変性(靭帯組織の劣化)が長く続くことで発症するため,粘着物質を使用せずに登板したからといって,その1回の登板で発症することはありません.

 グラスノー投手が内側側副靱帯を損傷したのは「粘着物質」を使用せずに登板したことが原因ではなく,グラスノー投手が内側側副靱帯を損傷するような投球動作をこれまで続けてきたことにあります.

長掌筋の腱を移植する

 トミー・ジョン手術では、損傷した内側側副靭帯を修復するのに長掌筋の腱を移植する方法がとられます.

引用元:https://nobiru-karada.com/functional-anatomy-palmaris-longus

 長掌筋は手関節の掌屈を行い,左図の赤い部分が筋,グレーの部分が腱になります.

 この筋は、しばしば欠如(日本人で3〜5%、白人で15〜20%)することがありますが,橈側手根屈筋などで容易に代行されるため、欠如しても機能的に全く支障をきたしません。

 長掌筋が欠如している場合は下腿、臀部、膝蓋腱などから正常な腱の一部を摘出し移植します.
※参考文献:ウィキペディア

トミー・ジョン手術を複数回受ける選手が少ない理由

アメリカの術式 ジョーブ法ほか

 「Clinics in Shoulder and Elbow」というサイトに,韓国の高麗大学九老病院整形外科の「Comparison of Ulnar Collateral Ligament Reconstruction Techniques in the Elbow of Sports Players(スポーツ選手の肘における尺側側副靭帯再建術の比較)」という論文が載っていますので,紹介します.言語を選択して翻訳できるようになっています.

フランク・ジョーブの術式

オリジナルのジョベ技法のイラスト。遊離腱移植片は、尺骨と上腕骨のトンネルを通って引っ張られ、8の字を形成します。その後、張力をかけ、縫合します。
(サイト日本語訳)

 フランク・ジョーブの術式で,図の元々のジョーブ法と,修正されたジョーブ法があります.修正されたジョーブ法は,ジョーブ自身が修正したものと,アンドリューズ手法またはアメリカ スポーツ医学研究所 (ASMI) の修正と呼ばれるものがあります.

 しかし,

デビッド・アルチェクの術式

ドッキング技術のイラスト。2 つの尺骨トンネルと 1 つの上腕骨トンネルが作成され、続いて 2 つの小さな出口穴が作成されます。尺骨トンネルからの両肢の縫合糸は、上腕骨橋の上で結びます。
(サイト日本語訳)

 デビッド・アルチェクの術式で,図のドッキング法と修正されたドッキング法があります.修正されたドッキング法には,パレッタ,ライトによるもの,コーらによるもの,バウアー等によるもの,マグロウ等とドナヒューらによるものがあります.


デビッド・アルチェク,ニール・エラトラッシュの術式

トミー・ジョン (DANE TJ) テクニックのための David Altchek と Neal ElAttrache のイラスト。この技術は、固定技術の組み合わせを利用しています。尺骨側では、干渉ネジが単一のドリル穴で固定されています。上腕骨側では、ドッキング固定が使用されます。
(サイト日本語訳)

 デビッド・アルチェクとニール・エラトラッシュの術式で,DANE TJ 法があります.David Altchek と Neal ElAttracheの姓名の頭をとって,DANE TJ 法と名付けているようです.

 実際のトミー・ジョン手術には,ジョーブ法と修正されたジョーブ法、ドッキング法と修正されたドッキング法、および DANE TJ 法が最もよく使用されているとのことです.

 最初のジョーブ法から改良のため術式が何度も修正されています.

 トミー・ジョン手術では,移植腱で上腕骨と尺骨を安定的に固定させるためのドッキング技術が重要ですが,上腕骨の単一の穴にドッキングする必要があるようです.

 スポーツ整形外科医S. Uのブログ Sports Physician S.U Blog のページには,「2000年台になって登場したDocking法は腱を上腕骨側で同じ骨孔にドッキングさせて移植をする方法です」とあります.

このバイオメカニクスによる研究では Jobe 法よりも docking法のほうが 靭帯が断裂する破断強度は おおきい すなわち docking法のほうが 強いということが示唆されます。
引用元:http://blog.livedoor.jp/soshi_sports/archives/1848737.html

 上腕骨側で複数の骨孔にドッキングするJobe法よりも,同じ骨孔にドッキングするdocking法のほうが靭帯が断裂する破断強度が大きいということなので,上腕骨側は1つの骨孔で移植腱を固定するほうが肘間節が安定性が高いといえます.

 また,「尺骨神経の合併症の割合が高いため,Jobe は、屈筋回内筋を取り外すことなく,尺骨神経転位を行わず,前皮質を通る上腕骨トンネルを大きくすることなく,筋肉分割アプローチを使用して技術を修正しました」とあります.

 アンドリューズ手法またはアメリカ スポーツ医学研究所 (ASMI) の修正と呼ばれる手法のところで,「UCLの露出は、屈筋回内筋の挙上で達成され」とあるので,最初のジョーブ法ではUCL(内側側副靱帯)を露出させるために,屈筋回内筋を取り外して,尺骨神経転位を行わず、上腕骨の穴を大きくする方法をとっていたけれども,術後の尺骨神経の合併症の割合が高いため,尺骨神経転位を行わない術式に変えたということのようです.修正されたジョーブ法以降は尺骨神経転位は行っていないようです.

 内容が専門的すぎるため,興味のある方はサイトのページをご覧ください.言語は選べるようになっています.

日本の術式 伊藤法

 伊藤法の術式についての記事がありましたので,引用します.

日本に「伊藤法」

 「靱帯は一度痛めると瘢痕(はんこん)化といって硬くなる。そうなると痛みが残る。痛ければ投手のコントロールは定まらない。ストライクゾーンで生計を立てているプロ投手にとってもトミー・ジョンは決断しやすい」(島田部長)とみる。執刀医にとっても「プレッシャーのかかる手術ではない」ことや、靱帯の入れ替えでの手術成功が国内外での“爆発的普及”につながった。靱帯再建手術として保険適用もされている。日本国内では、トミー・ジョンを少しアレンジした形で、慶友整形外科病院(群馬県館林市)の伊藤恵康医師が考案した「伊藤法」が現在、主流になっているという。

 年10例程度の肘手術をこなす島田部長だが、肘手術を実施すると「復帰に1年はかかるため、学生は慎重にならざるを得ない」と話す。米では「少しでも痛いと感じれば、すぐトミー・ジョン手術を受ける」風潮すらあるが、日本ではメスを入れることへの抵抗感が大きいのが現状だ。島田部長が「手術後も肘に負担がかからない投げ方を身に付けなければトミー・ジョン手術を施行する意味がなくなる」と話すように、約9カ月のリハビリが本格回復への大切な期間になる。

 「肘は消耗品」との考え方が浸透する米国では、子どもに野球以外のスポーツをプレーさせて、故障のリスクを分散できる環境がある。日本では「どうしても野球一辺倒になる」(島田部長)ことも靱帯故障の遠因といえる。

引用元:https://newswitch.jp/p/5647
(ジョーブ法<トミー・ジョン手術>【左】と伊藤法【右】島田氏の資料から作成)
引用元:https://newswitch.jp/p/5647

 日本で主流となっている伊東法について,スポーツ整形外科医S. Uのブログ Sports Physician S.U Blog のページには,「日本で慶友整形外科病院の伊藤先生が開発した伊藤法 これはドッキング法ににていますが、これに骨孔に骨移植をしてより強度をあげる手術術式です」とあります.

 伊東法はジョーブ法よりも関節の固定強度が高い術式といえます.

 トミー・ジョン手術では術式にかかわらず,本来なら内側側副靱帯で外反を防いでいたのを,上腕骨,尺骨の骨孔に移植腱を通して強制的に外反しないように関節を固定しています.

 トミー・ジョン手術に至る投手は投球動作に原因があるので,手術後も同じ投球動作を続ければ再度内側側副靭帯を損傷する可能性があります.しかし,手術でこれだけ関節を強制的に固定されれば,手術前と同じ悪い投げ方をしても,外反ストレスはかかりにくいと考えられます.

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