外反ストレスが作用すると内側側副靱帯に負荷がかかる
内側側副靭帯損傷とは
KOMPAS(慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト)の記載によると,野球肘は内側型野球肘,外側型野球肘,後方型野球肘の3つに分類され,トミー・ジョン手術の対象となるのは内側型野球肘です.内側型野球肘では,加速期に腕が前方に振り出される際に肘に強い外反ストレス(肘を外側に広げようとする力)が働き,この動作の繰り返しにより,内側側副靭帯が損傷します.
内側側副靭帯の損傷については,次のように記載されています.
スキーでの転倒のような,1回の外力で靱帯が完全に断裂する場合と異なり,野球肘では繰り返す牽引により靱帯が「伸びた」状態になっていることがほとんどです.
これは,靱帯の小さな断裂の繰り返しや変性(靭帯組織の劣化)によるもので,劣化したゴムに例えられます.投球歴の長いプレーヤーに多く発症します.
引用元:https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000191.html
内側側副靭帯損傷の原因
内側側副靭帯は,投球動作の加速期(捕手正対時からリリースするまで)に損傷します.損傷の原因は,腕が前方に振り出される際に肘に働く強い外反ストレス(肘を外側に広げようとする力)です.
肘関節は蝶番関節という一方向にしか動かせない関節で,本来腕の曲げ伸ばししかできないようになっています.横方向の動き(外反,内反)に対応できないため,内側側副靭帯が外反を防ぐ役割を担っていますが,外反ストレスによる牽引が繰り返されると損傷に至ります.損傷の程度によっては,トミー・ジョン手術(英: Tommy John Surgery, 側副靱帯再建術)を受ける場合があります.
内側側副靭帯は投球動作の加速期に損傷しますが,投球動作の期分けは次のようになります.

引用元:https://www.researchgate.net/figure/Pitching-phases-and-event-Fleisig-et-al-1996_fig1_305080604
上図のMax External Roatation(最大外旋位)からBall Release(ボールリリース)までが,accelaration(加速期)に該当します.下図は加速期だけを取り出したものです.

引用元:https://www.semanticscholar.org/paper/Biceps-Activity-during-Windmill-Softball-Pitching-Rojas-Provencher/c230b89fe49516907b3fc0bdc32f822b380b6c17
左側の最大外旋位(MER)から右側のボールリリースまでの局面が加速期にあたり,この加速期で内側側副靱帯が損傷します.
アメリカスポーツ医学研究所(ASMI)の見解(ウィキペディアより引用)
- 常に全力投球で速い球を投げようとすることが,肘の故障を引き起こすリスクを高める
- 近年のMLBでは速球系球種の球速が増加傾向にあり,中でも平均球速と最高球速の差が小さい若手投手がTJ手術に至っている傾向がある.
- 若年時からの蓄積によって故障は引き起こされる
- ASMIが10年間で500人のアマチュア選手のデータを集めた調査によると,年間の投球イニング数や1試合あたりの投球数が多ければ多いほど肩や肘の故障の確率が上昇していることが判明している.
- 2011年にアメリカ整形外科学会が9歳から14歳の投手481人の10年後を調査した結果によると,年間100イニング以上投げた投手が肘や肩の手術を受けるか野球を断念する確率は3.5倍になっているという.
ジェームズ・アンドリュースを始めとする整形外科医やシカゴ・ホワイトソックスで投手コーチを務めるドン・クーパーを始めとする球界関係者らの見解(ウィキペディアより引用)
- 靭帯損傷の最大の原因は投球フォームと主張
- 特に,両腕の肘が両肩よりも上になる逆W字型の投球フォームが肘へ悪影響を与えると言われており,グレッグ・マダックスの様に利き腕と反対側の肘が肩よりも上にならない投球フォームが理想と言われている.
- 逆W字型の投球フォームは身体に比べて腕が遅れて出てくるため,下半身等へ力が分散されることなく肘にダメージが集中してしまうと考えられてい.
内側側副靱帯損傷の原因については,アメリカスポーツ医学研究所(ASMI)他,色々な見解がありますが,「速いボールを投げる」投手,「投球数が多い」投手,「逆W字型の投球フォーム」で投げる投手が皆トミー・ジョン手術を受けているわけではありません.詳しくは,トミー・ジョン手術を受ける投手が急増-その原因とは? をご覧ください.
これらの見解は,一部の投手にはあてはまるけれども,一部の投手にはあてはまらないといったもので,あまり信頼性のある指標とはいえません.内側側副靭帯損傷の原因が外反ストレスであることが医学的に明白であるにもかかわらず,なぜこのような曖昧な指標が出てくるのかというと,外反ストレスが働く投球動作を特定できていないことが原因であると考えられます.
内側側副靱帯は外反を防ぐ役割を担っている

引用元:https://www.kango-roo.com/learning/3758/
肘関節は蝶番関節のため,本来腕の曲げ伸ばししかできないようになっています.横方向の動き(外反,内反)に対応できないため,外反ストレスがかかると,内側側副靭帯が外反を防ぎます.

AOL:前斜走線維(anterior oblique ligament)
POL:後斜走線維(posterior oblique ligament)
TL:横走線維(transverse ligament)
annular ligament:輪状靭帯.
引用元:https://www.jusei-news.com/gakujutsu/feature/2016/04/20160401_01.html
外反ストレスがかかると,外反を防ぐために内側側副靱帯(前斜走靱帯,後斜走靱帯,横走靱帯)に負荷がかかります.AOLが最も損傷が多く,次にPOLが続きます.
腕を伸ばしたままでは外反ストレスはかからない
投球動作の中で,外反ストレスがかかる局面は加速期とされていますが,これだけでは不十分で,どのような腕の振りをしたときに外反ストレスがかかるのか,動作を特定する必要があります.

引用元:https://hasegawaseikeigeka.com/case/%E8%82%98%E9%96%A2%E7%AF%80%E5%86%85%E5%81%B4%E5%81%B4%E5%89%AF%E9%9D%AD%E5%B8%AF%E6%90%8D%E5%82%B7/
手の平を上に向けて腕を正面に伸ばしてみてください.この腕を伸ばした状態で親指側に肘を曲げることができるでしょうか? 曲げようとしても曲げることはできません.なぜなら,腕を伸ばした状態では外反できないからです.
つまり,肘が曲がった状態でないと外反ストレスはかからないということです.ですから,内側側副靱帯が損傷しているかをチェックする肘外反ストレステストを行う際には,肘を曲げた状態で外反します.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=3xF9_5fbJ8A
肘を曲げる角度については,「flex the elbow to approximately 30 degrees and then apply an abduction or valgus force」とあるので,肘を30°くらい曲げて外反ストレステストを行っています.
肘を曲げる角度については,「we’re gonna take our patient’s elbow from an extended position into about 20 to 30 degrees of flexion」とあるので,肘を20°~30°くらい曲げて外反ストレステストを行っています.
どちらの動画も肘を曲げる角度が20°~30°くらいになっているので,この角度が最も内側側副靱帯に負荷がかかる角度になると考えられます.
最大外旋位からボールリリースまでの間に外反ストレスがかかる
今までの内容をまとめると,次のようになります.
- 投球動作の加速期に,腕が前方に振り出される際に肘に強い外反ストレスが働き,この動作の繰り返しにより,内側側副靭帯が損傷する.
- 腕を伸ばしたままの状態では外反することができない.
- 肘が曲がった状態で外反すると,外反ストレスが働き,外反を防ぐ役割を担う内側側副靱帯に負荷がかかる.
加速期の中で内側側副靱帯が損傷するということは,加速期の最初の最大外旋位(捕手正対時)のときに肘が曲がった状態になり,ボールリリースまで腕を振るときに外反が行われることになります.

捕手に正対する肩関節最大外旋位(左)からリリース直前(右)までの加速期に,肘の外反が行われる.
引用元:清川栄治・水野雄仁・香田勲男・小宮山悟・野村弘樹 解説(2013):連続写真で徹底解析 プロ野球究極のテクニック【投球編】,ベースボールマガジン社,p.53
ただし,実際に腕を振るときに,外反ストレステストのように上腕を固定した状態で前腕を動かして外反するということはできませんから,腕を振るときに何らかの形で外反の力が作用することになります.
最大外旋位から腕を振っても外反の力がかからなければ,内側側副靱帯は損傷しません.トミー・ジョン手術に至る投手は,外反ストレスがかかるような腕の振りを行っているわけです.
内側側副靱帯損傷に至る原因について,多くのサイトでは,KOMPAS(慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト)の記載と同様に「加速期に腕が前方に振り出される際に肘に強い外反ストレス(肘を外側に広げようとする力)が働き,この動作の繰り返しにより,内側側副靭帯が損傷する」という説明がなされています.
しかし,この説明だと拡大解釈すれば,投手の大半が内側側副靱帯を損傷してもおかしくないことになってしまいます.ですから,外反ストレスがかかる腕の振りを特定する必要があります.
内側側副靱帯損傷のメカニズム
加速期の中で外反ストレスがかかる動作を特定する
加速期の中で外反ストレスがかかる動作を特定するには,まず,外反を引き起こしている原因を明らかにしなければなりません.
先に答えをいってしまうと,加速期の中で肘の外反を引き起こす原因となっているのは「肘の突き出し」です.

※阿江通良・藤井範久(2002):スポーツバイオメカニクス20講,朝倉書店,p.129 図16.11を参考に作成
簡単にいうと,上図のように肘を前方に突き出すと,投球方向にFtの力が生じ,Ftは前腕を後方に引っ張る力を生じます.この前腕が後方に引っ張られる動作が,外反ストレステストで上腕を固定した状態で前腕を外側に引っ張る動作と同様に肘を外反させます.
腕の振りが一瞬で行われる加速期の中で,肘の外反が引き起こされるとすれば,その原因となるのは「肘の突き出し」以外考えられないということになります.
この「肘の突き出し」による外反ストレスが内側側副靱帯を損傷させるメカニズムを説明すると,次のようになります.
まず,「肘の突き出し」を行うと,肩を中心とする上腕(半径)の回転運動が行われ,上腕の角速度により肘関節に求心力Fp(肩関節の方向に作用)が,角加速度により接線力Ft(投球方向に作用)が作用します.
①「肘の突き出し」を行うと,肩を中心とする上腕(半径)の回転運動が行われる
- 上腕の角速度により肘関節に求心力Fp(肩関節の方向に作用)が作用する.
- 上腕の角加速度により接線力Ft(投球方向に作用)が作用する.
求心力Fpは前腕を投球方向に回転させるモーメントを生じ,接線力Ftは前腕を後方に回転させるモーメントを生じます.
肘を突き出す動作では角加速は初動の速度が遅いため大きくなると考えられ,接線力Ftのモーメントは大きくなります.角速度は初動の速度が遅いため小さくなり,求心力Fpによるモーメントは小さくなります.
なお,求心力Fpによるモーメントが小さくなるため,求心力に見合う見かけの力である遠心力は小さくなります.
②求心力Fp(肩関節の方向に作用)は,前腕を投球方向に回転させるモーメントを生じる
- 「肘の突き出し」による肩を中心とする上腕の回転運動では,角速度は初動の速度が遅いため小さくなり,求心力Fpによるモーメントは小さくなる.
- 求心力Fpによるモーメントが小さくなるため.求心力に見合う見かけの力である遠心力は小さくなる.
③接線力Ft(投球方向に作用)は前腕を後方に回転させるモーメントを生じる
- 「肘の突き出し」による肩を中心とする上腕の回転運動では,角加速度は初動の速度が遅いため大きくなり,接線力Ftによるモーメントは大きくなる.
つまり,求心力Fpによるモーメントが小さく接線力Ftのモーメントが大きくなるため,前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反ストレスが作用します.
④求心力Fp(肩関節の方向に作用)によるモーメントが小さく,接線力Ft(投球方向に作用)のモーメントが大きくなる
- 前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反ストレスが作用する.
- 外反ストレスが作用することにより,内側側副靱帯が損傷する.
求心力Fp(肩関節の方向に作用)によるモーメントが小さくなると,求心力に見合う見かけの力である遠心力は小さくなります.求心力Fp(遠心力)が小さいと接線力Ft(投球方向に作用)の作用が大きくなるため,外反ストレスが大きくなります.つまり,遠心力が原因で内側側副靱帯を損傷するということはないと考えられます.
肩を固定した状態で肘を突き出すときに外反ストレスが作用する

上図(再掲)をみるとわかるように,肘を前方に突き出す際に肩を中心とする上腕(半径)の回転運動が行われます.この回転運動によって角速度,角加速度が生じ,求心力Fp,接線力Ftが生じて,前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反ストレスが作用します.
回転運動が成り立つためには,中心となる肩は固定されなければならないので,最大外旋位からボールリリースまで肩は固定される必要があります.
肩を固定して投げるダルビッシュ有投手



③フォロースルー
ダルビッシュ投手は最大外旋位からリリースまで上体の角度がほぼ一定しているので,肩を固定して投げていることがわかる.
藤浪晋太郎投手のような脊柱を軸とする体幹の回旋(肩を回す)もみられず,肩の固定が強固なものになっている.
引用元:清川栄治・水野雄仁・香田勲男・小宮山悟・野村弘樹 解説(2013):連続写真で徹底解析 プロ野球究極のテクニック【投球編】,ベースボールマガジン社,p.53
肩を固定して投げる斎藤祐樹投手



③フォロースルー
斎藤祐樹投手は,最大外旋位で上体が起きていて,リリース時もそれ程前傾していないことから,肩を固定して投げていると投手の部類に入る.
また,フォロースルーでも上体が起きていて前傾はみられないため,上体を倒して投げていないことがわかる.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=voMrC_qcQSs
肩を移動して投げるグレッグ・マダックス投手



③フォロースルー
マダックス投手は最大外旋位で上体が起きていて,リリース後,かなり前傾姿勢になっていることから,上体を倒して投げていることがわかる.
上体を倒して投げる場合,肩が移動して肘を突き出すことが難しくなるので,内側側副靱帯を損傷するリスクは小さくなると考えられる.
フォロースルーで前傾がみられるため,上体を倒して投げていることがわかる.
引用元:高橋直樹 解説(2006):決定版 すぐに役立つメジャーリーガーのピッチング教室,ベースボールマガジン社,pp.10-11
最大外旋位とフォロースルーの前傾の比較から,肩を固定しているかどうかを判断する
斎藤祐樹投手の最大外旋位とリリース時の画像を見て,肩が固定されていないと思われた方もいるかもしれません.しかし,最大外旋位から腕を振るときに,多少なりとも体幹が回旋(肩が回る)することは避けられない側面があるため,最大外旋位とリリース時で前傾にそこまでの差がなければ,肩を固定していると判断して差し支えないかと思います.
フォロースルーで深い前傾がなく上体が起きていれば「肩を固定」,フォロースルーで深い前傾が確認できれば,上体を倒して投げているので「肩を移動」,と判断するのが適当です.
マダックス投手のように上体を倒して投げる投手は,回転運動の中心となる肩が移動するので,「肘の突き出し」を行っても外反ストレスがかかりにくくなりますが,そもそも上体を倒す場合,肘を突き出して投げることは難しくなるので,内側側副靱帯を損傷するリスクは小さくなると考えられます.
体幹を回旋して投げる投手も肩を移動する投手の部類に入る
上体を倒して投げる投手は,肩が移動するので外反ストレスがかかりにくいことを述べましたが,体幹を回す(肩を回す)投手についても同じことがいえます.
体幹を回旋して投げる藤浪晋太郎投手



③フォロースルー
藤浪投手は最大外旋位とリリース時で前傾にあまり差がないため,肩を固定して投げているように見える.
しかし,フォロースルーで背番号が見えるほど肩が回っていることから,最大外旋位から脊柱を軸とする体幹の回旋で投げていることがわかる.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=Babv5B9sUs8



③フォロースルー
藤浪投手は,マダックス投手のように上体を倒して肩を移動するのではなく,脊柱を軸とする体幹の回旋(肩を回す)により肩を移動している.
脊柱を軸とする回転となるため,最大外旋位からリリースにかけて上体はほぼ動かない.のため,肩を固定して投げていると誤って判断されやすい.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=0W-i6y7uPeY
藤浪投手は脊柱を軸とする体幹の回旋で投げています.脊柱が固定した状態の方が回転運動がスムーズに行われるため,最大外旋位からリリースにかけて上体はほぼ動きません.
そのため,肩を固定して投げているようにみられがちですが,実際は肩を移動しているため「肘の突き出し」を行っても外反ストレスがかかりにくくなります,そもそも肩を回して投げる場合,肘を突き出して投げることは難しくなるので,内側側副靱帯を損傷するリスクは小さくなると考えられます.
なお,藤浪投手の右打者への死球問題については,この肩を回す(脊柱を軸にして両肩を結ぶ線を回転させるイメージ)投げ方が原因となっています.このことはYouTubeの動画で多くの人が指摘しています.コメントでは肩を回す投げ方を「横振り」と称しています.
藤浪投手がこの投げ方を続ける限り,死球問題も続くことになります.しかし,この投げ方では外反ストレスがかかりにくいので,トミー・ジョン手術に至るリスクは小さくなると考えられます.
内側側副靱帯を損傷する投球動作
内側側副靱帯を損傷する原因について,ここまで述べたことをまとめると,次のようになります.
内側側副靱帯を損傷する原因
- 最大外旋位から肩を固定した状態で「肘の突き出し」を行うことにより,外反ストレスが作用し,内側側副靱帯が損傷する.
最大外旋位から上体を倒して投げる投手
- 肩が移動するため,「肘の突き出し」を行っても外反ストレスがかかりにくく,トミー・ジョン手術に至るリスクが小さくなる.
- 肘の突き出しが困難になるため,外反ストレスがかかりにくく,トミー・ジョン手術に至るリスクが小さくなる.
最大外旋位から体幹を回旋して投げる投手
- 肩が移動するため,「肘の突き出し」を行っても外反ストレスがかかりにくく,トミー・ジョン手術に至るリスクが小さくなる.
- 肘の突き出しが困難になるため,外反ストレスがかかりにくく,トミー・ジョン手術に至るリスクが小さくなる.
- 最大外旋位からリリースまで上体があまり動かないため,肩を固定して投げていると誤って判断されやすい.
上体を倒して投げているか,体幹を回旋して投げているかの判断
- フォロースルーで深い前傾がみられる投手は,最大外旋位から上体を倒して投げていると判断される.
- フォロースルーで上体が起きている投手は,最大外旋位から肩を固定して投げていると判断される.
肩を固定して肘を突き出す投手は,皆内側側副靱帯を損傷するのか?
最大外旋位から肩を固定したまま肘を突き出す投手が内側側副靱帯を損傷するのであれば,トミー・ジョン手術を受ける投手がもっと多くてもよいはずです.
内側側副靱帯を損傷する可能性が極めて小さい野茂英雄投手

メジャー1年目で13勝6敗、防御率2.54の戦績を残した1995年の野茂英雄。最多奪三振(236)とリーグ最多の3完封も記録した。
引用元:https://number.bunshun.jp/articles/-/843090

メジャー初登板の野茂英雄(1995年5月2日撮影)引用元:https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/photonews/photonews_nsInc_202005070000141-0.html
野茂投手は「肘の突き出し」を行っていませんでしたが,仮に「肘の突き出し」を行っていたとすれば,内側側副靱帯を損傷していたでしょうか? 答えはNoです.

実際にやってみるとわかるのですが,肘を上げて上腕を地面に対して垂直な状態にして,肘を後方に曲げると,これは単なる肘を曲げる動作になり,外反することはありません.
肘関節は蝶番関節で腕の曲げ伸ばししかできないようになっています.上腕が地面に垂直な状態で思いっきり「肘の突き出し」を行っても,後方に強く肘を曲げても,それは本来,肘関節に備わっている腕の曲げ伸ばしの範囲内の動作になるので,横方向の動き(外反,内反)は生じません.
横方向の動き(外反,内反)が生じなければ,外反ストレスも作用しないので,内側側副靱帯を損傷することはありません.

改めて野茂投手の画像を確認すると,最大外旋位からリリースにかけて上腕が地面に対して垂直に近くなっていることを確認できます.これだけ上腕が立っていれば,仮に「肘の突き出し」を行ったとしても外反ストレスは大きくならないので,内側側副靱帯を損傷するリスクも小さく抑えられます.
つまり,野茂投手のようにオーバースローで投げる投手は,内側側副靱帯を損傷する可能性は極めて小さいということがいえます.
野茂投手が仮に肘を突き出して投げていたとしても,またフォークボールを多投していたとしても,トミー・ジョン手術に至ることはなかったと考えられます.
オーバースロー,スリークウォーター,サイドスローの順で外反ストレスが大きくなる?

まず,肘を上げて上腕を地面に対して垂直な状態にします.これは①上腕が地面に対して垂直(オーバースロー)にあたります.ここから肘を後方に曲げると,これは単なる肘を曲げる動作になり,外反は作用しません.
次に②上腕が地面に対して45°(スリークウォーター)の状態で,肘を後方に曲げると外反が作用するので,内側側副靱帯に負荷がかかります.
次に③上腕が地面に対して0°(サイドスロー)の状態で,肘を後方に曲げると②よりも大きく外反が作用するので,内側側副靱帯に過度の負荷がかかります.
外反ストレステストの動画で,上腕を固定した状態で前腕を外反が作用するように動かしていましたが,上腕が外側に傾くほどこの外反ストレステストの形に近づいていることがわかるかと思います.
外反ストレステストでは肘の角度を20°~30°に設定していますが,これは20°~30°の角度で外反が最大になると考えられます.
上腕を固定したまま外反する外反ストレステストとは異なり,腕を振りながら外反が作用するという違いはありますが,上腕が外側に傾くほど肘の角度が小さくなり,リリースにかけて20°~30°の角度に近づくので,③のサイドスローが最も外反が大きくなると考えられます.
つまり,オーバースロー,スリークウォーター,サイドスローの順で外反ストレスが大きくなり,内側側副靱帯を損傷するリスクはオーバースローが最小,サイドスローが最大となります.
しかし,これは間違った見解です.
外反ストレスが最大になるのはスリークウォーター
「オーバースロー,スリークウォーター,サイドスローの順で外反ストレスが大きくなる」というのは机上の理論にすぎません.
投球では肘を突き出す際に,前腕を後方に回転させる(肩関節を外旋させる)モーメントが生じ,外反が作用します.「肘の突き出し」を行わない限り外反ストレスが作用することはありません.
つまり,肘を突き出せるかどうかによって,実際の外反ストレスが決まります.
理論上の外反ストレスと実際の外反ストレス 投法による違い | ||||
---|---|---|---|---|
理論上の 外反 ストレス | 実際に肘 を突き出 せる力 | 実際の 外反 ストレス | 内側側副 靱帯損傷 のリスク | |
オーバー スロー | 小 | 大 | 小 | 小 |
スリーク ウォーター | 中 | 中 | 大 | 大 |
サイド スロー | 大 | 小 | 小 | 小 |
アンダー スロー | 中 | 小 | 小 | 小 |
※理論上の外反ストレスは,全力で「肘の突き出し」が行われることを前提と したときの外反ストレス. ※アンダースローとスリークウォーターの上腕の角度がサイドスローについて 対称となるため,アンダースローの理論上の外反ストレスをスリークウォー ターと同じ中とする. |
理論上の外反ストレスと実際に肘を突き出せる力は,反比例の関係になります.(アンダースローを除く)
理論上の外反ストレスはオーバースローからサイドスローへと上腕が外側に傾くにつれて大きくなりますが,実際に肘を突き出せる力はどうかというと,上腕が地面に対して垂直に近いオーバースローで肘が最も突き出しやすく,上腕が外側に傾くにつれて肘を突き出すことが困難になっていきます.
スリークウォーターでは,オーバースローほどではありませんが,肘を突き出すことは可能です.サイドスローになると,肘を突き出すことが難しくなり,アンダースローでは体勢上,肘を突き出すことがほぼできなくなります.
オーバースローでは,肘を突き出せる力が最大となりますが,上腕の角度が地面に対して垂直に近いため,実際の外反ストレスは小さくなります.
スリークウォーターでは,上腕の角度的に理論上の外反ストレスの大きさが見込め,また,実際に肘を突き出せる力も見込めるので,投法の中で実際の外反ストレスは最大になるといえます.
サイドスローでは,理論上の外反ストレスが最大となりますが,実際に肘を突き出せる力は見込めないため,実際の外反ストレスは小さくなります.
アンダースローでは,体勢上,サイドスローよりも肘を突き出すこと難しくなるため,実際の外反ストレスは小さくなります.
肘を突き出さなければ外反ストレスは作用しないので,ある程度の力で肘を突き出すことができるオーバースローとスリークウォーターが,内側側副靱帯を損傷する投法として絞られます.
オーバースローは上腕の角度の関係で外反ストレスがかりにくいため,スリークウォーターが最も内側側副靱帯を損傷しやすいということになります.したがってト,ミー・ジョン手術を受ける投手もスリークウォーターの投手が最も多いということになります.
オーバースロー

岡島投手のようにオーバースローで上腕が地面に垂直に近くなる投手は,たとえ「肘の突き出し」を行ったとしても,外反ストレスがかかりにくいので,内側側副靱帯を損傷するリスクが小さい.
この画像をみてわかるように,岡島投手は「肘の突き出し」は行っていない.
岡島秀樹投手
引用元:https://sullybaseball.wordpress.com/2010/12/05/thank-you-hideki-okajima/
スリークウォーター

引用元:https://www.beyondtheboxscore.com/2020/12/30/22206201/san-diego-padres-chicago-cubs-yu-darvish-zach-davies-trade-mlb-hot-stove

引用元:https://www.tokyo-sports.co.jp/baseball/mlb/1355103/
最大外旋位から「肘の突き出し」を行うと,リリースでは肘の位置が下がります.ダルビッシュ投手は「肘の突き出し」を行っているため,リリースで肘が下がり,上腕の角度が地面に平行に近くなっています.
サイドスロー

引用元:https://dot.asahi.com/wa/2020051800054.html?page=1

斎藤雅樹投手
引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=093-20170102-01
サイドスローは,上腕が地面と平行になるくらい外側に傾くので,もし「肘の突き出し」が全力で行われるならば,外反ストレスはかなり大きくなるはずです.
しかし,サイドスロースローの体勢では,肘の突き出しが困難になるため,外反ストレスがかかりにくく,トミー・ジョン手術に至る投手は少ないということになります.
アンダースロー

引用元:https://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKA0153_W1A620C1000000/

引用元:https://www.nikkansports.com/baseball/photonews/photonews_nsInc_202205310000433-5.html
アンダースローでは,最大外旋位から「肘の突き出し」を行うと,リリースで肘が上がってくると考えられます.体勢的に肘を突き出すことは難しくなるので,トミー・ジョン手術に至る投手は少ないといえます.
「肘の突き出し」を行わない投手

引用元:https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/08/02/gazo/20180802s00001173078000p.html

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180820-11
江川投手は「肘の突き出し」を行わないので,最大外旋位からリリースまで肘の位置が下がりません.肘が下がらないため,上腕の角度も最大外旋位からリリースまでほぼ変わらないということになります.江川投手は肩を固定して投げますが,肩を固定しても肘を突き出さなければ外反ストレスは作用しません.
なお,「肘の突き出し」を行わない投手は,捕手正対時にはリリースの体勢に入るため,最大外旋角度は小さくなります.肘を突き出さない投手はリリースポイントが手前(体に近い)になり,肘を突き出す投手はリリースポイントが体から離れます.

引用元:https://www.jiji.com/jc/d4?p=kne340-jlp01245206&d=d4_bb

金田投手も江川投手と同じく「肘の突き出し」を行わないため,捕手正対時にはリリースの体勢に入ります.そのため,最大外旋角度は小さくなります.
カーブ
引用元:ウィキペディア
金田のカーブは軌道の違いによって5種類あったといわれるが、特に「2階から落ちる」と言われた「モノになるのに10年かかった」という縦のカーブが武器だった。そのカーブは左肘に対する負担が大きく、毎年のように肘の痛みに苦しめられた。入団5年目辺りから引退までずっと肘が悪く、梅雨時や秋口は特に痛かったと本人が証言している。序盤快調だったシーズンでも梅雨時や秋口に1か月くらい勝てないことがよくあった。
ウィキペディアによると,カーブを投げるのに毎年のように肘の痛みに苦しめられたということです.ストレートを投げるときにも肘の痛みがあったのかわかりませんが,金田投手は上体を倒して肩を移動する投げ方で,「肘の突き出し」も行っていませんでしたから,おそらく内側側副靱帯の損傷によるものではないと考えられます.
酒折文武他の論文について
「酒折文武・圓城寺啓人・竹森悠渡・西塚真太郎・保科架風(2017):野球のトラッキングデータに基づいた肘内側側副靭帯損傷の要因解析,統計数理,第65巻第2号pp.201–215」 の論文では,先発投手やロングリリーフ投手など長いイニングを投げる投手(先発投手)と, 中継ぎ投手や抑え投手など短いイニングを投げる投手(リリーフ投手)とに分けて,それぞれ肘内側側副靭帯損傷のリスク要因について検証しています.
先発投手については,次のように記載されています.
先発投手に関しては,1 試合当たり投球数 x3,球種数 x4,リリース位置横 x13 という 3 変数が選択された.まず,球種数が少ないほど故障しやすく,球種が 1 つ少ないと故障のオッズが 1/0.7509 = 1.33 倍(95% 信頼区間は 1/1.1013 = 0.91 以上 1/0.4952 = 2.02 以下)となることがわかる.これは,Whiteside et al.(2016)とほぼ同様の結果である.
また,リリース位置が体から横に離れるほど故障しやすく,横に 1 インチ(= 12 ライン)離れると故障のオッズが1.099912 = 3.14 倍(95% 信頼区間は 1.016012 = 1.21 以上 1.203912 = 9.27 以下)となることがわかる.これは,Whiteside et al.(2016)と正反対の結果である. しかしながら,Whiteside etal.(2016)の結果は横手投げの投手のほうが上手投げの投手よりも肘への負荷が有意に大きいという指摘(Aguinaldo and Chambers, 2009)と矛盾するため,今回の結果は妥当であるといえる.
そして,1 試合当たりの投球数が多いほど故障しやすく,1 試合当たり投球数が 1 球多いと故障のオッズが 1.03 倍(95% 信頼区間は 0.99 以上 1.06 以下)となることがわかる.これもWhiteside et al.(2016)とほぼ同様の結果である.
一方,登板間隔は選択されなかった.このことは,主に日本人投手の言う,1 試合での投球数ではなく登板間隔こそがリスクであるという意見に反する結果であり,MLB での投手起用の方針を支持するものである.
とはいえ,尤度比検定の結果は有意ではあるが,正判別率や疑似決定係数の値からは,リスク要因の選定に改善の余地が残されている.また,あくまでも MLB の投手における結果であり,これが日本人投手にも同じことが言えるかはさらなる議論の余地がある.
リリーフ投手については,次のように記載されています.
リリーフ投手に関しては,登板間隔 x1,球種数 x4,ファストボール球速 x8,リリース位置横 x13 という 4 変数が選択された.まず,先発投手と同様,球種数が少なく,リリース位置が体から横に離れるほど故障しやすいことがわかる.そのオッズ比は,球種数は 1/0.6697 = 1.49(95% 信頼区間は 1/1.0776 = 0.93 以上 1/0.4034 = 2.48 以下),リリース位置横(インチ)は1.052812 = 1.85(95% 信頼区間は 0.959612 = 0.88 以上 1.125212 = 4.12 以下)である.
次に,ファストボールの球速が速いほど,そして登板間隔が短いほど故障しやすいことがわかる.オッズ比はそれぞれ,1.23(95% 信頼区間は 1.00 以上 1.08 以下),1/0.4211 = 2.37(95% 信頼区間は1/0.7453 = 1.34 以上 1/0.2047 = 4.89 以下)である.これは,Whiteside et al.(2016)における,(ファストボールに限らない)平均球速が速いほど,そして登板間隔が短いほど故障しやすいという結果に対応している.
判別結果や尤度比検定,疑似決定係数の結果から,リリーフ投手に関する分析結果は妥当であるといえる.
検証結果として,先発投手については,①球種数が少ないこと,②リリース位置が体から横に離れていること,③1 試合当たりの投球数が多いことが,リリーフ投手については,①球種数が少ないこと,②リリース位置が体から横に離れていること,③ファストボールの球速が速いこと,④登板間隔が短いことがリスク要因として特定されています.
「野球のトラッキングデータに基づいた肘内側側副靭帯損傷の要因解析」検証結果 | ||
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先発投手 | リリース | |
対象 | 先発投手やロングリリーフ投手など 長いイニングを投げる投手 | 中継ぎ投手や抑え投手など 短いイニングを投げる投手 |
リスク要因 | ①球種数が少ないこと | ①球種数が少ないこと |
②リリース位置が体から 横に離れていること | ②リリース位置が体から 横に離れていること | |
③1試合当たりの投球数が多いこと | ③ファストボールの球速が速いこと | |
④登板間隔が短いこと | ||
※2012 年から2016 年の間にMLBで肘内側側副靭帯損傷によるトミー・ジョン手術を行った投手(手術群)74名(先発投手37名・リリーフ投手37名)と,損傷していない(トミー・ジョン手術を行っていない)投手(対照群)74名(先発投手37名・リリーフ投手37名を検証.他にも細かい設定がありますが,詳しくは 論文 をご覧ください. |
今まで述べたとおり,トミー・ジョン手術に至る投手はオーバースロー,サイドスローでは少なく,スリークウォーターで多くなります.
ですから,検証結果で「リリース位置が体から横に離れていること」が内側側副靱帯を損傷するリスク要因となるのは,当然の結果といえます.
ただし,「横手投げの投手のほうが上手投げの投手よりも肘への負荷が有意に大きい」という点については,横手投げをサイドスローまで含めると正しい見解とはいえなくなります.
サイドスローでは肘を突き出すことが難しくなり,外反ストレスの負荷はかかりにくくなるので,リリース位置が離れるといってもスリークウォーターの範囲までで,サイドスローのリリースポイントまで離れることはあまりないはずです.