新しい打者の指標として一躍脚光を浴びているバレル率ですが,本当に優秀な打者をみるための指標となっているのか考えてみます.MLBの新しい打撃指標「バレル」とは?-スタットキャストの定義 で述べたように,長打(特に本塁打)を打つためには,打球初速度と打球角度の両方が必要になります.打球初速度が大きくても打球角度が小さ過ぎるか,または,大き過ぎれば本塁打にはならないし,打球角度がよくても打球初速度が小さければフェンスは越えません.スタットキャストのデータから,長打(特に本塁打)を打つための打球初速度と打球角度の完璧な(理想的な)組み合わせであるバレルゾーンというものが設定されており,このゾーンで打った打球の割合がバレル率と定義されています.このバレル率を計算するときの分母に注目していただければと思います.
確実性のない打者ほどバレル率が高くなる
MLB バレル率 Brls/BBE % ランキング 2021.8.28現在 | ||||||||
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順位 | 選手 | Brls/BBE % | 打率 | 本塁打 | 打点 | 三振 | 四球 | 死球 |
1 | 大谷翔平 | 24.3 | .269 | 41 | 89 | 154 | 64 | 4 |
2 | F.タティス・ジュニア | 21.7 | .281 | 35 | 78 | 116 | 47 | 2 |
3 | J.ギャロ | 18.6 | .223 | 25 | 55 | 170 | 94 | 4 |
4 | J.ボット | 18.4 | .275 | 28 | 82 | 102 | 53 | 3 |
5 | R.ホスキンズ | 17.0 | .247 | 27 | 71 | 108 | 47 | 5 |
6 | A.ジャッジ | 16.9 | .287 | 27 | 66 | 123 | 61 | 3 |
7 | B.ハーパー | 16.5 | .295 | 24 | 56 | 97 | 70 | 5 |
8 | M.マンシー | 16.3 | .260 | 28 | 76 | 87 | 70 | 10 |
9 | R.デバース | 15.9 | .276 | 30 | 94 | 111 | 51 | 5 |
10 | B.ロウ | 15.5 | .235 | 30 | 76 | 140 | 59 | 9 |
※引用元:ベースボール・サバント |
MLBの新しい指標としてマスコミにもてはやされているバレル率ですが,ランキングを見ると,同じようなタイプの打者が並んでいます.打率が低い(3割いかない),本塁打が25本以上(ハーパーのみ24本)で打点も多い(7人が70点を超えている),三振(8名が100三振を超えている),四球が多いという特徴があります.1つの型にはめるならば,「三振かホームラン」というタイプの打者といえます.
Brls/BBE %(BBE=batted ball event=打球の結果)では,分母はヒットにせよアウトにせよ打席が終わったときの打球の数となり,四死球は含まれません.極端にいうと,ホームラン以外全部三振か四死球なら,バレル率(Brls/BBE %)は100%(ホームランの打球がバレルゾーンの打球であると仮定した場合)になります.ホームラン以外の打球が増えると分母が大きくなり,Brls/BBE %が下がってしまうので,下手にバレルゾーン以外の打球を打つよりは,三振するか四球を選ぶほうがバレル率を上げるには都合がよいことになります.
MLB バレル率 Brls/PA % ランキング 2021.8.28現在 | ||||||||
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順位 | 選手 | Brls/PA % | 打率 | 本塁打 | 打点 | 三振 | 四球 | 死球 |
1 | 大谷翔平 | 13.5 | .269 | 41 | 89 | 154 | 64 | 4 |
2 | F.タティス・ジュニア | 13.0 | .281 | 35 | 78 | 116 | 47 | 2 |
3 | J.ボット | 10.8 | .275 | 28 | 82 | 102 | 53 | 3 |
4 | R.ホスキンズ | 10.8 | .247 | 27 | 71 | 108 | 47 | 5 |
5 | R.デバース | 10.3 | .276 | 30 | 94 | 111 | 51 | 5 |
6 | M.マンシー | 10.3 | .260 | 28 | 76 | 87 | 70 | 10 |
7 | V.ゲレロ・ジュニア | 10.4 | .310 | 36 | 90 | 92 | 71 | 5 |
8 | A.ジャッジ | 10.4 | .287 | 27 | 66 | 123 | 61 | 3 |
9 | P.アロンソ | 10.3 | .262 | 29 | 75 | 97 | 44 | 10 |
10 | S.ペレス | 10.1 | .272 | 35 | 86 | 135 | 18 | 9 |
※引用元:ベースボール・サバント |
バレル率(Brls/PA %)では,ゲレロ・ジュニア選手が3割打者としてただ一人ランクインしています.バレル率(Brls/BBE %)でランクインしている10名のうち7名がこちらの指標にも名を連ねており,ゲレロ・ジュニア,アロンソ,ペレス選手の3名が新たにランクインしています.
バレル率(Brls/BBE %)では,分母に四死球は含まれませんでしたが,こちらのバレル率(Brls/PA %)では,分母に四死球が含まれるため,その分,分母が大きくなり,率は小さくなります.しかし,分母には打球の結果も含まれるので,ホームラン(正確には長打であるが,ホームランとする)以外の打球が多い打者は分母が大きくなり,率が下がるという点は,バレル率(Brls/BBE %)と同じになります.分母が四死球の分だけ増えたとしても,結局,三振するか四球を選んでホームラン以外の打球を打たないようにしたほうが,分母が小さく抑えられ,バレル率を上げることができます.
このようにバレル率とは,確実性のない「三振かホームラン」という打者をピックアップするための指標で,優秀な打者(三振の多い打者はよい打者とはいえない)を判断するための指標ではないことがわかります.ゲレロ・ジュニア選手のように,ホームラン以外の打球を打って打率3割を超えても,バレル率では上位にランクインされることはありません.
ホームラン以外の打球が増えると,バレル率は低くなる
3割打者のバレル率 Brls/BBE % Brls/PA % 2021.8.28現在 | ||||||||
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打率 | 選手 | 本塁打 | 打点 | 三振 | 四球 | 死球 | Brls/BBE % | Brls/PA % |
.320 | T.ターナー | 19 | 55 | 86 | 30 | 5 | 6.6(104) | 5.0(92) |
.320 | N.カステヤノス | 24 | 72 | 98 | 31 | 7 | 9.9(53) | 6.9(51) |
.316 | Y.グリエル | 13 | 69 | 52 | 48 | 4 | 3.5(120) | 2.8(119) |
.316 | M.ブラントリー | 8 | 43 | 46 | 32 | 5 | 5.8(110) | 4.7(96) |
.310 | V.ゲレロ・ジュニア | 36 | 90 | 90 | 92 | 71 | 15.1(11) | 10.4(7) |
.307 | j.ウィンカー | 24 | 71 | 75 | 53 | 8 | 11.3(45) | 8.1(34) |
.307 | C.ムリンス | 22 | 45 | 99 | 43 | 6 | 8.1(81) | 5.8(73) |
.304 | A.フレイジャー | 4 | 34 | 61 | 40 | 7 | 0.9(133) | 0.8(132) |
.303 | T.アンダーソン | 14 | 53 | 102 | 18 | 1 | 7.6(88) | 5.7(79) |
.303 | T.ヘルナンデス | 22 | 84 | 111 | 25 | 2 | 14.5(16) | 9.9(12) |
.302 | X.ボガーツ | 20 | 69 | 87 | 48 | 5 | 9.7(58) | 7.0(50) |
.301 | A.ライリー | 27 | 77 | 126 | 48 | 11 | 13.0(28) | 8.3(30) |
.300 | J.ソト | 21 | 69 | 76 | 98 | 1 | 13.2(21) | 8.4(29) |
.300 | B.レイノルズ | 21 | 77 | 99 | 54 | 7 | 9.8(55) | 6.8(54) |
※引用元:ベースボール・サバント ※Brls/BBE %,Brls/PA %:()はリーグ順位. ※赤字は本塁打25本前後以上,打点70以上の打者 バレル率(Brls/BBE %)10位以内の打者に相当. |
バレル率(Brls/BBE %)にランクインしている打者と本塁打,打点が遜色ない選手として,カステヤノス,ゲレロ・ジュニア,ウィンカー,ライリーの4選手が挙げられます.カステヤノス選手は24本塁打,72打点でバレル率にランクインされてもおかしくありませんが,.320の高打率が仇となり,Brls/BBE %が53位,Brls/PA %が51位になっています.ウィンカー選手も.307の打率のお陰で,Brls/BBE %が45位,Brls/PA %が34位となり,打率.301,27本塁打,77打点のライリー選手も,Brls/BBE %が28位,Brls/PA %が30位にしかランクインされません.ゲレロ・ジュニア選手は打率.310,36本塁打,90打点と三冠王を狙える成績であるにもかかわらず,Brls/BBE %11位,Brls/PA %7位で,大谷選手よりもかなり格下に位置づけされています.
本来ならば,打率3割をキープしているこれら4人の選手は,バレル率1位の大谷選手よりも高く評価されてもおかしくありませんが,高打率ゆえにバレル率では上位にランクインされません.なぜなら,3割を打つ打者は本塁打以外のヒットも多く打っているので,どうしても分母が大きくなってしまうからです.分子はバレルゾーンの打球に限られるため,バレル率は下がることになります.
このように,バレル率は単に「三振かホームラン」という打者を確認するための指標にすぎないのですが,マスコミがさも有用な指標であるかのように報道しているという現状があります.そして,報道を鵜呑みにした人たちがバレル率1位の大谷選手を賞賛するというおかしなことになっています.