運動連鎖の考え方-その2-二重振子モデルにおける運動エネルギーの伝達

運動連鎖の考え方 を公開済みですが,説明が不足していたため補足します.

二重振子モデルにおける運動エネルギーの伝達

引用元:深代千之,桜井伸二,平野裕一,阿江通良:スポーツバイオメカニクス(2000),朝倉
書店,p.131,図Ⅲ.35

 ここでは,多関節系のきわめて単純なモデルとして,2つのピンジョイントA,Bをもち,ジョイントAを座標系に固定した剛体ロッドによる2次元の二重振子モデルを考える.ケース1では等角速度のみを初期条件として与え(図Ⅲ.35 ①),ケース2では,ケース1と同じ初期条件ながら途中でパートaの減速を付加している(図Ⅲ.35 ②) .ケース1の場合,パートa,およびパートbの両パートに等角速度を初期条件として与えており,ジョイントAを回転軸とした等速回転運動が生じる.しかしケース2のように,同じ初期条件を与えた場合でも,途中でパートaに加速度運動(この例では減速運動)が発生した場合,パートb自体が回転力(トルク)を発現していないにもかかわらず加速度が発生し,速度変化が生じる.両ケースにおけるパートbのx方向速度を比較してみると,途中からケース2の速度が増加していることがわかる(図Ⅲ.35 ③) .これを運動エネルギーで比較したのが図Ⅲ.35 ④であり,ケース2におけるパートaの運動エネルギーが減少すると同時に,パートbの運動エネルギーが増加している.これは,運動学的には運動エネルギーがパートaからパートbに伝達したとみなすことができる.
 そして,この作用を連続的に用いるのがむちの運動であると考えられる. 実際のむちの場合,まず初めにむちの握りの部分に力を加えて加速し,その仕事によって運動エネルギーをむちに与える.次に握りの止めると力は手にかかるが,手は止まっている(静止)ので変位を伴わない.つまりむちは手に対して仕事をしないことになる.手が止まった後のむちの運動エネルギーは,ほば保存される(実際には,熱などで若干損失する)と考えられ,むちが手元の方から連続的に静止していくので,この運動エネルギーが次々とむちの先端側の質量の小さい部分に移動していくことになる.物体の運動エネルギーは,質量に速度の二乗を掛けたものの1/2であるので,むちの末端部の非常に質量が軽い部分は,結果的に音速を超えることになる.もちろん,人間はむちのような連続体ではないが,同様のメカニズムを利用して多関節系の末端部分の速度を上げることが可能である.身体運動の場合,この根本側(パートa側)の加速度変化は,筋力のほか,遠心力や重力によっても発生すると考えられ,それらを効果的に利用して運動技術に結びつけることが重要であるといえる.

引用元:深代千之,桜井伸二,平野裕一,阿江通良:スポーツバイオメカニクス(2000),朝倉書店,pp.130-131


二重振子モデルを投球動作に置き換える

ダルビッシュ有投手 肩関節最大外旋位(左),リリース直前(右)
引用元:清川栄治・水野雄仁・香田勲男・小宮山悟・野村弘樹 解説(2013):連続写真で徹底解析 プロ野球究極のテクニック【投球編】,ベースボールマガジン社,p.53


 引用した図Ⅲ.35の二重振子モデルについて、Aを肩関節,Bを肘関節,パートaを上腕,パートbを前腕に置き換えて考えてみます.A(肩関節)が振子の支点となります.
 ダルビッシュ投手の肩関節最大外旋位(左) からパートa(上腕)が振り出されると,A(肩関節)を回転軸とした回転運動が生じます.パートa(上腕)は徐々に減速していき,次にパートb(前腕)が振り出されます.このときパートa(上腕)の運動エネルギーが減少しますが,同時にパートb(前腕)の運動エネルギーが増加するので,運動エネルギーがパートa(上腕)からパートb(前腕) に伝達されたことになります.同様にこの後,パートb(前腕)が減速して,手に運動エネルギーが伝達されます.
 つまり,ダルビッシュ投手が肩関節最大外旋位からリリースするまでに,パートa(上腕)からパートb(前腕),手へと運動エネルギーが伝達されることになります.これは,A(肩関節)を支点としたパートa(上腕),パートb(前腕),手の三重振子モデルになります.運動エネルギーは1/2×m(質量)×v(速度) の二乗で表されるので,パートa(上腕)の大きな運動エネルギーが質量の小さい部位である手に伝達されると,先端の指先のスピードは最大になります.
 二重振子モデルでは筋と腱を取り去った骨の動きだけでも,パートaを減速させることによってパートbの速度を増加できることがわかります.投球動作,打撃動作で運動連鎖を利用する場合,なるべく多関節の運動をおこない,先端の小さい部位に大きなエネルギーを伝達する方が効果的です.最初に大きな運動エネルギーを発生させるには,質量の大きい部位である体幹を動かすことも重要になります.