「科学する野球」の空手打法について,実は打者のスナップ動作ではないかということに気付き,この記事をまとめています.
投球動作におけるスナップ


投球でスナップを利かせるためには,(1)のように手関節を背屈(手の甲側に曲げる)しておかなければなりません.
運動エネルギーを上腕,前腕,手へと小さい部位に伝達し,(5)から(6)で手首を支点とする手の振子の速度を最大にして,指先でボールを切ります.
手関節の背屈が大きいほど,手の振子が大きくなるので,末端(指先)の速度を大きくすることができます.
金子公宥(1994):スポーツ・バイオメカニクス入門,p.23,種々の関節運動(金子作図)図30
運動連鎖の考え方-運動エネルギーを大きな部位から小さな部位へ伝達する,運動連鎖の考え方-その2-二重振子モデルにおける運動エネルギーの伝達 で述べたように,運動エネルギーは1/2×m(質量)×v(速度) の二乗で表されるので,肩を支点とする上腕の振子,肘を支点とする前腕の振子,手首を支点とする手の振子へと振子を小さくすると,伝達される運動エネルギーが同じであるとした場合,手の質量mが小さい分,末端の速度vが大きくなります.
振子の幅が大きいほど加速できるので,手関節はなるべく大きく背屈(手の甲側に曲げる)しておいたほうがよいことになります.
打撃動作におけるスナップ
投球動作でスナップをおこなうには,インパクトのときに,投球動作の手のスナップと同じように,手首を支点とする手の振子を利用しなければなりません.ただし,打撃動作ではインパクト後,両腕でボールを押し込んでいくので,両手ともスナップすることになります.
右手の動き(右打者の場合)
- 右手を掌屈(手の平側に曲げる)したままインパクトし,インパクト後,掌屈をほどく.
- インパクト後,掌屈の状態から掌屈をほどく動作が,投球動作の背屈(手の甲側に曲げる)から背屈をほどくスナップ動作に該当する.
- 運動エネルギーを大きな部位から小さい部位に伝達し,スナップ動作によって手首を支点とする末端の手の振子を加速させることができるので,急激にボールを押し込むことができる.
左手の動き(右打者の場合)
- 左手を背屈(手の甲側に曲げる)したままインパクトし,インパクト後,背屈をほどく.
- インパクト後,背屈の状態から背屈をほどく動作が,投球動作の背屈(手の甲側に曲げる)から背屈をほどくスナップ動作に該当する.
- 運動エネルギーを大きな部位から小さい部位に伝達し,スナップ動作によって手首を支点とする末端の手の振子を加速させることができるので,急激にボールを押し込むことができる.
スナップ動作をおこなっている打者はいるのか?
動画を調べたところ,スナップ動作をおこなっている選手を数名確認することができました.古い動画は映像がそこまで鮮明ではないため,往年の強打者については確認できていません.
スティーブン・スーザ・ジュニア選手


画像を見ると,右手を掌屈(手の平側に曲げる)した状態でインパクトし,インパクト後,掌屈をほどいて腕が伸び,腕と手が一直線になっています.このインパクト時の掌屈からインパクト後,掌屈をほどくまでの動作がスナップ動作にあたります.スナップ動作により,バットを強く押し込むことができます.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=Dm00t8if7_M
サルバドール・ペレス選手


ペレス選手はインパクトでは右手を掌屈していますが,インパクト後,掌屈をほどくときに手首が返っています.手首を返すと押し込む方向が左側にそれるため,ボールを押し込む力が弱まることが懸念されますが,スナップ動作が完了して腕が伸びるとすぐに手首は返るので,そこまで押し込みの力は弱まらないと思われます.一般に,右打者の場合,右方向に打つときが手首の返りが最も遅く,センター方向,左方向へと引っ張る打ち方になるほど手首の返りが早くなります.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9ov3PVEMP94
※画像(上)の引用元も同じ
左手のスナップ動作については,画像では大きな背屈は認められずボールを押し込んでいるようには見えませんが,動画で確認すると,スーザ選手の左手がインパクト後,背屈から背屈をほどいている動作が認められます.実際にボールを押し込むのは右腕で(右打者の場合),左腕は補助の役割にすぎないという考え方もありますが,強打者はインパクト後,ボールが飛ぶ方向に両腕を伸ばしていることから,両腕のスナップ動作が必要と考えられます.

空手で打っているのではなく,両腕でボールを押し込むスナップ動作をおこなっていると考えられる
引用元:https://theundefeated.com/features/ken-griffey-jr-tied-mlb-record-for-consecutive-home-run-games/
スナップ動作のまとめ
- インパクト後,両腕を伸ばしてボールを押し込むさいに,スナップ動作を利用する.
- インパクト後,両腕を伸ばし,肩を支点とする上腕の振子,肘を支点とする前腕の振子へと,運動エネルギーを小さな部位の振子に移していき,手首を支点とする手の振子でスナップ動作をおこない,運動連鎖を利用して急激にボールを押し込む.
- 運動連鎖を利用してスナップ動作をおこなうため,末端の手首を支点とする手の振子の速度が最大となり,急激にボールを押し込むことができる.
右手の動き(右打者の場合)
- 右手を掌屈(手の平側に曲げる)したままインパクトし,インパクト後,掌屈を戻す.
- インパクト後,掌屈の状態から掌屈を戻す動作が,投球動作の背屈(手の甲側に曲げる)から背屈をほどくスナップ動作に該当する.
左手の動き(右打者の場合)
- 左手を背屈(手の甲側に曲げる)したままインパクトし,インパクト後,背屈をほどく.
- インパクト後,背屈の状態から背屈をほどく動作が,投球動作の背屈(手の甲側に曲げる)から背屈をほどくスナップ動作に該当する.
スナップ動作では,右打者の場合,インパクトで右手を掌屈(手の平側に曲げる),左手を背屈(手の甲側に曲げる)しなければならないので,その準備として構えでトップハンド(上にくる手・右手)を掌屈,ボトムハンド(下にくる手・左手)を背屈しておかねばならないことがわかります.
また,投手はスナップ後,手の甲が上を向きますが,打者はスナップ後,利き腕の手の甲が下を向きます.利き腕で比較すると,打者のスナップ動作は投手の逆スナップ動作になります.
「科学する野球」の空手打法は,トンカチの加撃理論が基となっており,ボールを押し込む動作にはほぼ触れられていないため,スナップ動作とは異なると考えられます.