バッティングでスナップを利かせる方法-空手打法との違いを解説

 「科学する野球」では,「空手打法」と「スナップ打法」が混同されています.「空手打法」は柾目で打つための打法で,投球のスナップを応用した「スナップ打法」とは異なります.

 「空手打法」と「スナップ打法」を行う打者の動作をそれぞれ示し,違いについてわかりやすく解説します.

投球動作におけるスナップ

 打撃動作の中で,投手のスナップに該当する動作を確認します.

引用元:科学する野球・実践篇,p.132 図89

 投球でスナップを利かせるためには,(1)のように手関節を背屈(手の甲側に曲げる)しておかなければなりません.
 運動エネルギーを上腕,前腕,手へと小さい部位に伝達し,(5)から(6)で手首を支点とする手の振子の速度を最大にして,指先でボールを切ります.
 手関節の可動域が大きいほど,手の振子の振り幅が大きくなるので,末端(指先)の速度を大きくすることができます.

金子公宥(1994):スポーツ・バイオメカニクス入門,p.23,種々の関節運動(金子作図)図30

 運動連鎖の考え方 で述べたように,運動エネルギーは1/2×m(質量)×v(速度) の二乗で表されるので,肩を支点とする上腕の振子,肘を支点とする前腕の振子,手首を支点とする手の振子へと振子を小さくすると,伝達される運動エネルギーが同じであるとした場合,手の質量mが小さい分,末端の速度vが大きくなります

 振子の幅が大きいほど加速できるので,手関節の可動域はなるべく大きくしておいた方がよいことになります.試合前に背屈(手の甲側に曲げる)と掌屈(手の平側に曲げる)のストレッチを十分に行っておくことが重要です.

打撃動作におけるスナップ

投球動作と逆のスナップ

 投球動作のスナップでは,手首を支点とする手の振子を利用します.打撃動作で同じように手首を支点とする手の振子を利用すると,次のような動作になると考えられます.

 当ブログでは,インパクト後,両腕を伸ばす際に,後ろ腕の押し込みが主となり,前腕はボールにコンタクトするための舵取りの役割を担うという立場をとっています.打撃動作でスナップ動作を行う際も,後ろ腕の動作がメインとなります.

 上図のように,インパクトに向けて腕を伸ばす前に,あらかじめ手関節を掌屈(手の平側に曲げる)しておきます.これは投球のスナップであらかじめ手関節を背屈(手の甲側に曲げる)しておくのと同じです.

 腕が伸びきると,上腕,前腕が静止し,運動連鎖により上腕,前腕の運動エネルギーが手に伝達されます.1/2mv2のm(質量)が小さくなり,手のスナップのv(速度)が大きくなります.

 図では腕が伸びきって,上腕,前腕の動きが完全に止まってからスナップしていますが,インパクト後に腕を伸ばしながらスナップする場合でも,上腕,前腕が減速する分,手に運動エネルギーが流れ込むので,手の振子の速度は速くなります.

 投球動作のスナップは背屈から掌屈する動作になりますが,打撃動作のスナップはトップハンドを掌屈から掌屈をほどく動作になります.手の振子の振り幅を大きくするため,掌屈は大きくする必要があります.

後ろ腕の動き

  • 後ろ腕のトップハンド(上に来る手)を掌屈(手の平側に曲げる)したままインパクトし,インパクト後,掌屈をほどく.
  • インパクト後,掌屈の状態から掌屈をほどく動作が,投球動作の背屈(手の甲側に曲げる)から背屈をほどくスナップ動作に該当する.
  • 運動エネルギーを大きな部位から小さい部位に伝達し,スナップ動作によって手首を支点とする末端の手の振子を加速させることができるので,急激にボールを押し込むことができる.

「科学する野球」で説明されているスナップ動作①

 「科学する野球」の中にも打撃のスナップ動作を説明している箇所があります.

コックとヒンジの違い 
 ところで,このコックについて正しく理解されていない人が見受けられるので,「科学する野球」の打撃篇で述べておいたことですが,さらに説明を加えておきましょう.

 さて,手をコックするというのは,図㉒のように親指の背面のほうに手を折り曲げることをいいます.図⑳を見ていただきますと,その①は,バットをフックグリップで握ったボトムハンドをコックさせたものであり,その②はフックグリップで握ったトップハンドをコックさせたものであり,その③はフックグリップで握った両手をコックさせたものであるが,なぜこのように手をコックするかというと,図㉑を見ていただくとわかるのだが,トンカチ(金槌)でクギを打つとき,コックして構えた,その①のボトムハンド,その②のトップハンドとも,インパクトでそのコックをアンコック(コックをほどく)してやると,手首を支点にしてテコの作用がはたらき,トンカチの先端のヘッドのスピードが増幅されて,強打することができるからなのです

引用元:科学する野球・実技篇,pp.46-47

 引用文の内容を簡単にまとめると,「インパクトでコックを解くと,手首を支点としたテコの作用によりバットのヘッドスピードが増幅されて強打できる」になります.

 「科学する野球」で使われるコックはゴルフ用語で,親指の背面のほうに手を折り曲げるという意味になります.構えで両手をコックすると,トップハンドは掌屈(手の平側に曲げる),ボトムハンドは背屈(手の甲側に曲げる)します.

 インパクトでアンコック(コックを解く)すると,手の振子が振られ,スナップ動作が行われます.投球のスナップ(背屈 → 掌屈)とは逆のスナップ(掌屈 →掌屈をほどく)になります.

 引用文では,図21-①,②でアンコック(コックをほどく)すると,手首を支点にしてテコの作用がはたらき,トンカチの先端のヘッドのスピードが増幅されて,強打することができるという説明になっています.

 しかし,アンコックしているのに,ボトムハンドは背屈,トップハンドは掌屈したままクギを打っています.

 また,手首を支点にしてテコの作用がはたらき,トンカチのヘッドスピードが増幅されるとありますが,力点,作用点がわからず,どのようにヘッドスピードが増幅されるのかよくわかりません.

「科学する野球」では,「空手打法」と「スナップ打法」が混同されています

「空手打法」はバットの真ん中の板目で打つために,板目と手を平行に握る打ち方で,図21のクギの打ち方は「空手打法」です

 スナップ打法では,手の振子の振り幅を大きくする必要があるので,極端にいえば手の甲が投手に向くくらい手を起こさないといけません.

 スナップ打法ではトップハンドをかなり掌屈するので,柾目で打つということから離れます.

図21の引用元:科学する野球・実技篇,p.47

空手でクギを打つ
トンカチと手を平行に握らないと,クギを強打できない
引用元:科学する野球・打撃篇,p.34
空手打法(アップスイング)
引用元:科学する野球・実技篇,p.194

「空手打法」とは,バットの真ん中の板目とトップハンドの手を平行にして,柾目でボールを強打するための打法です.トンカチでクギを打つ場合,トンカチと手を平行に握らないと,クギを強打できません.

 スイングの軌道と手が平行になるので,アップスイングの場合,手が少し上向きになり,掌屈の程度も少し大きくなります.(図127)

「科学する野球」で説明されているスナップ動作②

 テッド・ウイリアムズ選手の写真を使って,打撃のスナップがどのように行われているかが説明されています.

 わかりやすくするため,次のように読み替えることをお勧めします.

  • トップハンドをコックする → トップハンドを掌屈(手の平側に曲げる)する
  • ボトムハンドをコックする → ボトムハンドを背屈(手の甲側に曲げる)する
  • アンコック → コックをほどく

 そこで,バッティングで実際にこのコック,アンコックがどのように行われているかを見てみましょう.写真⑬は,テッド・ウイリアムズ著の「バッティングの科学」(ベースボールマガジン社刊)に掲載されているものですが,その①では両手ともまだコックされており,②ではボトムハンドがアンコックされているが,トップハンドはまだコックされており,③では両手ともアンコックされ,両腕が伸びきっています.

 この②のインパクトで,トップハンドのコックをアンコックしないで,③でアンコックしているのは,固定されたクギを打つ場合は,図㉑の②のように,インパクトでアンコックして加撃しなければならないが,投球されたボールはクギと違って空中に浮動しているから,トップハンド側の前腕部と90度の角度を保たせたバットで,ボールと中心衝突させたとき,トップハンドをコックしていても,間髪を入れず,トップハンド側の腕をヒジから押し伸ばすと同時に,トップハンドをアンコックすれば,バットのヘッドのスピードを増幅することができ,ボールの力を押し戻すことができるからなのです.

 この③を見ると,両手とも完全にアンコックし,両腕を伸ばしきっても,手もと,両腕,両肩を結ぶと三角形になっています.この③のあと図㉓のように,バットを体の正面まで持ってきますと,写真⑭のようなフォロースルーになります.

 ここで気をつけなければならないことは,ボトムハンドの手の甲を空のほうに向け,トップハンドの手の甲を地面のほうに向け,まだ手もとを返さないで,打った後の“残身”を保っていなければならないことです.

引用元:科学する野球・実技篇,pp.47-49

 引用文の内容を写真,図に沿って説明します.

写真13-①

その①では両手ともまだコックされている

 コックされているということは,

  • トップハンドが掌屈(手の平側に曲げる)されている
  • ボトムハンドを背屈(手の甲側に曲げる)されている

 ということです.

 上からだとわかりにくいのですが,ボトムハンドはそれほど背屈されていないように見えます.

 スナップ動作を行う際は,後ろ腕がメインとなるので,ボトムハンドの背屈については重要視しなくてもよいと考えられます.  

写真13-②

②ではボトムハンドがアンコックされているが,トップハンドはまだコックされている

 ボトムハンドの背屈がほどかれ,トップハンドの掌屈は維持されているということですが,上から見るとわかりにくいところがあります.

写真13-③

③では両手ともアンコックされ,両腕が伸びきっている

 トップハンドの掌屈,ボトムハンドの背屈がともにほどかれているということは,手首を支点とする手の振子のスナップが行われたことになります.

 後ろ腕が伸びているので,インパクト後,ボールを押し込んでいることがわかります.

 後ろ腕の動作がメインとなるので,後ろ腕を伸ばす動作が前腕を伸ばして,両腕が伸びていると考えるのが適当です.

写真13の引用元:引用元:科学する野球・実技篇,p.48

 引用文に,「この③を見ると,両手とも完全にアンコックし,両腕を伸ばしきっても,手もと,両腕,両肩を結ぶと三角形になっています.この③のあと図㉓のように,バットを体の正面まで持ってきますと,写真⑭のようなフォロースルーになります」とあります.

引用元:科学する野球・実技篇,p.49
ランディ・バース
引用元:科学する野球・実技篇,p.49

 写真13-③で後ろ腕を伸ばしてボールを押し込むと,後ろ腕を伸ばす動作によって前腕も伸びることになるので,両腕が伸びて図23のように両腕,両肩を結ぶと三角形になります.ランディ・バース選手もきれいに両腕が伸びています.

「空手打法」と「スナップ打法」の違い

空手打法を行う打者

ホセ・アルトゥーベ

Jose Altuve Home Run Slow Motion

 空手打法では,次の特徴が見られます.

  • バットの真ん中の板目とボトムハンドの手が平行になるようにバットを握る
  • インパクトから手首が返る前までの間は,ボトムハンドの手の軌道とスイングの軌道は一致する

 アルトゥーベ選手はインパクトでトップハンドがスイングの軌道と同じく上向きになっています.同じトップハンドの角度でボールを押し込み,腕が伸びるときに自然に手首が返ります.

 バットの真ん中の板目と平行にトップハンドを握り,板目とスイングの軌道を一致させてボールを押し込んでいく.これが「空手打法」です.

ジョーイ・ウェンドル

Joey Wendle Home Run Swing Slow Motion 2020-1(#2)

 動画を観ると,インパクト後,インパクトの衝撃でトップハンドが少し掌屈しているのを確認できる.掌屈した後,トップハンドの角度を戻してボールを押し込んでいる.

スナップ打法を行う打者

フアン・ソト 

Juan Soto Home Run Swing Slow & Strobe Motion 2019-2(#7)

 スナップ打法では,次の特徴が見られます.

  • トップハンドの掌屈が大きいため,インパクトでトップハンドの角度とスイングの軌道が一致しない
  • トップハンドの掌屈をほどいてスナップするので,腕が伸びたときにトップハンドの甲が地面を向く

 「空手打法」ではバットの真ん中の板目とトップハンドが平行になるようにバットを握り,スイングの軌道に合わせてボールを押し込んでいきます.これは柾目で打つということです

 「スナップ打法」では,手の振子を使うため,トップハンドの掌屈を大きくしておく必要があります.そのため,トップハンドの角度とスイングの軌道が一致しないということが起こります.

 掌屈をほどいてスナップするので,腕が伸びたときにトップハンドの甲が地面を向きます.「空手打法」では,スナップを使わない分,腕が伸びるときには手首が返ります

 スナップ打法の場合,仮にバットの真ん中の板目とトップハンドが平行になるようにバットを握っていたとしても,掌屈が大きいため,インパクトの時点で柾目で打っていないことになります

カルロス・ゴンザレス

Carlos Gonzalez Home Run Swing Slow Motion 2018-1(#8)

 ゴンザレス選手は,インパクトでトップハンドがかなり掌屈されています.このトップハンドがバットの真ん中の板目と平行に握られているとすれば,柾目で打つためには黄色の線と同じスイングをしなければなりません.つまり,この打ち方は「空手打法」ではないということです.

 トップハンドの掌屈をほどいてスナップを利かせますが,ゴンザレス選手は腕が伸びても掌屈が完全にほどかれていません.しかし,黄色の線に挟まれた角度は手首を支点とする手の振子がスナップとして使われていると考えられます.

 空手打法,スナップ打法,どちらで打った方がボールをより強打できるかについては,はっきりしたことはいえません.

ケン・グリフィー・ジュニア

ボトムハンドをかなり掌屈してインパクトするケン・グリフィー・ジュニア選手
インパクトの衝撃で掌屈が大きくなっている可能性があるので,インパクトでの掌屈は写真よりも少し小さいかもしれません.
引用元:https://theundefeated.com/features/ken-griffey-jr-tied-mlb-record-for-consecutive-home-run-games/

 写真を見ると,トップハンドの掌屈がかなり大きいので,グリフィー選手はスナップ動作を行っていたかもしれません.動画で確認を試みましたが,動画が古いせいか画質がぼやけて手もとを確認することができませんでした.

 今回,スナップ打法を行っている打者を探しましたが,なかなか見つけることができませんでした.きちんと数えたわけではありませんが,95%の打者は空手打法完璧な空手打法を行っているかを行っていると思われます.

 また,スナップ打法を行っている打者も,すべての打席で完璧なスナップ打法を行っているわけではなく,選手自身も意識してこのような打ち方をしているのかはわかりません.

 「科学する野球」を読んでいた方の中には,「スナップ打法」を「空手打法」と思われていた方も多いのではないでしょうか. 

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