バットを体の前に構えているための弊害
バットを体の前に構えていると,なぜパワフルなバッティングができないのか.まず,結論から申し上げますと,それは空手打ちができないからなのです.
引用元:科学する野球・実技篇 pp.21-23
この空手打ちについては,『科学する野球』の打撃篇で詳説しておきましたが,トップハンドの空手打ちは,写真①のように,後ろヒジをトップハンドより先行させなければいけません.それには,図⑧のように,ステップした前足が着地したときに,バックスイングのトップでフライング・エルボーであった後ろヒジを後ろワキ腹の前にかい込むことから動作を起こし,この時点では,手からバットを振り出そうとする意識を働かしてはダメなのです.
もしも,この時点で,手からバットを振り出すと,バットを後ろのタメることができず,アウトサイド・インのスイングになります.また,前脚をステップすると同時にバットを手から振り出すことは,前足を捻りの軸足として,前腰に捻りをいれ,腰から打つ体勢ができ上がっていないのに,バットを振ることになるので,手打ちというより手振りになりますから,パワフルなバッティングができなくなります.
そこで,写真②と③とを見てもらいますと,写真②はヘッピリ腰の構えであり,写真③は自然体の構えですが,どちらも体の前でバットを構えており,後ろ腰に捻りをいれていませんから,このような構えは打つ構えとはいえないのです.
打つ構えとして大事なことは,足もとから後ろ腰に捻りを入れることです.この捻りでタメた内部応力,歪み応力をいっきょにリリースしてこそ,そこに瞬発力が生まれるのであり,その力がフォワードスイングという運動をいっきょに爆発的に推進させるのですから,この捻りによる内部応力のタメがパワーの根源なのです.

引用元:科学する野球・実技篇 p.22

引用元:科学する野球・実技篇 p.23
引用文では,自然体,ヘッピリ腰で構えることの問題点として,①バットを体の前に構える,②後ろ腰に捻りを入れていない,を挙げています.①バットを体の前に構えると,手からバットを引いてバックスイングすることになるので,肘よりも手が先行します.手が先行すると後ろヒジを後ろワキ腹の前にかい込むことができないため,写真①のように肘を先行させてバットを後ろにタメること,空手で打つことができなくなります.
②後ろ腰に捻りを入れていないと,内部応力,歪み応力がタメられないので,フォワードスイングを行うエネルギーが不足すること,また,前腰に捻りをいれ,腰から打つ体勢ができ上がっていないと,手振りになることが述べられています.この②では,捻り,内部応力,歪み応力ということばが出てきますが,これらは村上豊氏の歪み理論のキーワードになっています.歪み理論は「科学する野球」の核となる理論です.
体の捻りで内部応力を求める
投手によって投げられた球の力を対決するバット(運動体)の力(f)は,f=m×aの公式から,バットの質量(m)とバットが振られる加速度(a)との相乗積が大きいほど大きくなるので,バットは重いほうがベターではあるが,筋力がそれに伴わないとかえって加速度を落としてしまい,結果的には(f)を小さくするから,打者は自分の筋力に見合った振りやすいバットを選ばねばならないことは前に述べた通りです.
引用元:科学する野球・打撃篇 pp.80-81
そうすると,バットの質量(m)はその打者なりに一定するとみてよいことになるから,バッティングで必要とする力(f)を最大にするには,加速度(a)をいかにしてより大きくすることができるかどうかによって決まります.
さて,バットに加速度を与えるのは,打者の体の中の力で,バットがボールを飛ばす力(f)を「動的の力」というのに対し,これを「静的の力」といいます.
この「静的の力」はどうすれば生まれるかというと,それは体を捻ることによって生まれます.体を捻るとそこに内部応力(注・ゴム紐を引っ張ると元にもどろうとする力があるように,人間の体は弾性体であるので,体を捻ると元にもどろうとする力が生まれます.これを内部応力といいます.詳しくは『科学する野球』投手篇42頁を参照してください)が生じます.この内部応力を利用してバットに加速度を与えるのがバッティングの技術,コツというものです.
そこで内部応力をできるだけ大にするためには,体の捻りの上手,下手によって決まるが,打撃動作における体の捻りとは,テークバックでは後ろ足を土台にして,後ろ腰を中心とした体の捻りを行い,フォワードスイングでは,後ろ腰の捻りもどしから動作を起こし,前足を土台にして前腰を中心とした体の捻りを行うことです.
ですから,テークバックでは後ろ足(脚)が捻りの軸足となり,フォワードスイングでは前足(脚)が捻りの軸足となります.
ところが,日本の野球界では奇妙なことに後ろ足のみを軸足といっていますが,最終的には前足を軸として,前腰を中心とした体の捻りがなければ,バットの加速度も投球腕の加速度も最高度にならないのだから,後ろ足だけを軸足というのは間違いで,こういう表現の仕方止めなければなりません.
現に,日本のプレーヤーの打撃動作や投球動作を見ると,前腰を中心とした体の捻りが見られません.というのも,後ろ足のみを軸足といって,前足を軸足として使うことを知っていないからだと思われます.軸足は後ろ足から前足に踏み替えなければならないことをこの際はっきりと覚えておいてください.
引用文に述べられているように,村上氏の歪み理論とは,人間の体が弾性体であるという前提の下,体を捻ることによって元に戻ろうとする力(内部応力)が生まれるので,この内部応力を利用してバットに加速度を与えるようにしなければならないというものです.
そのためには,まずバックスイングで後ろ脚を捻りの軸脚として後ろ腰を中心とした体の捻りを行い,内部応力をタメます.そして,体の捻り戻しを行うことで内部応力をスイングスピードの加速に利用するのですが,後ろ脚の軸で捻り戻すのではなく,前脚(ステップ脚)に軸を移し替えて捻り戻しを行います.つまり,後ろ脚を軸としてタメた内部応力を保持したまま捻りの軸を前脚(ステップ脚)に移し,前脚を軸として捻り戻しを行うということです.
ここで注意しなければならないのは,前脚を軸として捻り戻しを行う動作が,前脚を軸として体を捻る動作になることです.捻り戻しというと楽に行えるイメージがありますが,それは同じ軸で捻りと捻り戻しを行う場合であり,軸を前脚に移せば,前腰を中心とした体の捻りが捻り戻しの動作になります.つまり,内部応力を利用するためには,前脚を軸とした窮屈さを伴う体の捻りが必要になります.

さて,体を捻ることについてもう少し考察を加えてみましょう.
引用元:科学する野球・打撃篇 pp.81-82
まず,体を捻ることと体を回転させることとは違うということです.このことについては,すでに『科学する野球』投手篇の第41頁以降に述べておきましたが,捻るというのは,消しゴムを捻るとき,図77のように下縁を固定し,上縁を回します.そうすると消しゴムによじれが生じます.そのとき消しゴムには外力(捻りを加えた力)とつり合う抵抗力が生じています.この抵抗力を消しゴムの内部応力といいます.ですから捻るということは内部応力を求めることなのです.
ところが,回転は図78のコマの回転のように,回転軸ごと回ってしまいますから,内部応力を求めることができません.
自然体,ヘッピリ腰で構えると,
- バットを体の前に構えるので,手振りとなり,肘を先行させてバットを後ろにタメること,空手で打つことができなくなる.
- 後ろ腰に捻りが入らないため,内部応力が利用できず,バットに加速度を与えることができない.