右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-肩を回さずにインパクトする
2021年7月17日 投稿
今まで大谷選手に関する記事をいくつか載せていますが,それらは大谷選手が右投げ右打ち,左投げ左打ちの打者と同様に,インパクト後,打ち返す方向に両腕を伸ばしてボールを強打できることを前提とした内容になっています.
しかし,右投げ左打ちの限界 で述べたように,もし大谷選手が右投げ左打ちの打者の例に漏れず,インパクト後,後ろ腕(非利き腕)を伸ばしてボールを押し込むことができないと仮定すると,大谷選手が現在の打撃動作に至った理由を含め,大谷選手のバッティングの真実が次から次へと明らかになってきます.
後ろ腕でボールを押し込めないのなら,肩を回すしかない
インパクトの際に,前腕が利き腕となる右投げ左打ちの打者は,後ろ腕でボールを押し込むことができないため,肩を回してボールを押し込み,ボールに力を伝えようとします.この肩を回す動作は,特に右方向へ引っ張るときに顕著となりますが,本来,利き腕でボールを押し込むことができる右投げ右打ち(例えば 落合博満 選手),左投げ左打ちの打者にも見られます.
ただ,この肩を回してボールを押し込む打ち方には,二つの問題が発生します.
- 打ち返す方向に対して,肩とバットを90°で交わらせた状態(図1)から肩を回すと,横殴りのスイングとなり,ボールを引っかけてしまう.
- 利き腕でボールを押し込む方が,よりボールを強打できるため,肩を回してボールを押し込む打ち方では,飛距離が出にくい.

引用元:科学する野球・打撃編
これら二つの問題に対して大谷選手がどのように対処しているかを,28号ホームランの動画から説明します.
Date: 2021-06-29大谷翔平 全打席ダイジェスト 2021/06/30 引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo
肩を遅らせてインパクトし,そこから肩を回せばボールを引っかけることなく,打ち返す方向に力を伝えることができる
科学する野球から引用した肩とバットが90°で交わるインパクト(図1)の状態から肩を回すと,スイングの軌道が横殴りとなり,ボールを引っかけてしまう可能性があります.そこで,大谷選手は最初からバットを故意に遅らせてインパクトし,そこから肩を回して打っています.このように肩を遅らせて回転することにより,ボールを引っかけるリスクを避け,打ち返す方向に力を伝えようとしていると考えられます.ただし,この打ち方ではインパクト後,後ろ腕でボールを押し込むことができないため,飛距離は出ません.

①で図1のように,両肩を結ぶ線を,打ち返す方向(この図ではセンター方向)に対して90°で交わらせ,②まで肩を回すならば,ボールを押し込む力は右方向に伝わることになる.
スイングの軌道が横殴りとなるため,ボールを引っかけてしまう可能性がある.

①で故意に肩を遅らせてインパクトし,②まで肩を回すならば,打ち返す方向(この図ではセンター方向)へボールを押し込む力を伝えることができる.
ボールを引っかけるリスクを回避することができるが,肩を回してボールを押し込む力は,両腕を伸ばしてボールを押し込む力に比べて弱いものとなるため,飛距離は期待できない.



黄色線は打球線(弾道),赤線はボールを押し込む力が働く方向を示す.
インパクト時の両肩を結ぶ線と,フィニッシュ時の両肩を結ぶ線を重ねると,インパクト後,肩がどのくらい回っているかを確認することができます.大谷選手は90°以上肩を回しており,ボールを押し込む方向(赤線)を打ち返す方向(黄色線)に近づけていることがわかります.肩を回す角度が大きくなるほど,ボールを押し込む方向(赤線)に伝える力が大きくなるとかんがえられます.
大谷選手が肩を回さないゴルフスイングに至った経緯
- 右投げ左打ちのため,インパクト後,後ろ腕でボールを押し込むことができない.
- 後ろ腕でボールを押し込むことができないため,肩を回してボールを押し込む打ち方を選択.
- 肩を回してボールを押し込む打ち方では,肩が打ち返す方向に対して90°で交わるインパクトの状態から肩を回すと,スイングの軌道が横殴りとなり,ボールを引っかけてしまうという問題が生じる.
- 故意に肩を遅らせてインパクトすることで,ボールを引っかけてしまうリスクを回避し,そこから肩を回すことによってボールを押し込む方向を打ち返す方向に近づける打ち方を選択.
- 肩を回す角度を大きくすることによって,ボールを押し込む力を大きくしようとしているが,後ろ腕(利き腕)で押し込む力には及ばないため,飛距離は出にくいと考えられる.
右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-その2-グリップを体から離す理由
2021年7月20日 投稿
大谷翔平 全打席ダイジェスト 2021/06/30 引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo
「右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-肩を回さずにインパクトする」では,大谷選手が「インパクト後,後ろ腕でボールを押し込むことができない」という右投げ左打ちの打者の重大な欠点を持っているため,故意に肩を回さないゴルフスイングを行っていることを28号ホームランの動画を用いて説明しました.
このゴルフスイングにより,ボールを引っかけることを回避し,体幹の回旋(肩を回すこと)を利用してボールを押し込む方向を,打ち返す方向に近づけているわけですが,このことから構えでグリップを体から離す理由についても説明が可能になります.
グリップを体から離すことで肩が回るのを引き止めることができる
スイングに入る前にグリップの位置が体からどのくらい離れているかを大谷選手とケン・グリフィー・ジュニア選手とで比較してみます.

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=p0t1KQpDA6w

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=YuNDRHOM9mM
18号ホームランの打席から画像を引用
両選手のスイングに入る前の最もグリップの位置が体から離れた位相を比較すると,上腕(肩と肘の間の部分)と前腕(肘から手首までの部分)との角度に違いがあることがわかります.グリフィー選手の上腕は下向き,前腕は上向きになり,V字をつくっていますが,大谷選手は上腕,前腕ともに横に張り出し(少し上向き),V字はみられません.大谷選手のグリップの位置が捕手側にかなり離れていることがわかります.
大谷選手のようにグリップを捕手側に離しておくと,グリップが肩を回すのを引き止める役割を果たします.上腕と前腕が捕手側に直線的に張り出すと,肩を回す際の回転半径が大きくなり, 慣性モーメント が大きくなります.慣性モーメントが大きくなると,肩が回りにくくなるので,大谷選手が意図するように肩を遅らせてインパクトすることができます.

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=WtQ9M2YD_DI

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=VQ3W8vEcu48
大谷選手が作られた打者(右投げ左打ちの打者)の重大な欠点をもっていると仮定すると,インパクト後,後ろ腕を利き腕にしてボールを押し込むことができない → 体幹の回旋(肩を回す)を利用してボールを押し込むしかない → 打ち返す方向に対して肩を90°に交わらた状態で肩を回すと,ボールを引っかけるリスクがある → 故意に肩を遅らせてインパクトすることによってボールを引っかけるリスクを回避し,肩を回す角度を大きくすることによってボールを押し込む力を大きくしようとする → 肩を回さずにインパクトするために,グリップを体から離して構える,というふうに,大谷選手のバッティングの全貌が次から次へと明らかになってきます.
右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-その3-飛距離の秘密①
2021年7月22日 投稿
「右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-肩を回さずにインパクトする」 で,後ろ腕を利き腕にしてボールを押し込む方が,よりボールを強打できるため,肩を回してボールを押し込む打ち方では,飛距離が出にくいことを述べました.しかし,オールスター前日に行われたホームランダービーで,大谷選手は500フィート(152.4m)以上の打球を6本打っています.なぜ,ゴルフスイングでこれだけの飛距離を出せるのか,その秘密に迫ります.
肩を回してバットのタメを作れないのなら,手元でバットのタメを作るしかない
バッティングでは,肩を回してもバットを後ろに残し,バットのタメをつくります.バットを後ろに残す理由は,スイングできる距離を確保しておかないとスイングを加速できないからです.大谷選手は肩を回さずにインパクトしますから,「肩を回してもバットはまだ後ろに残っている」というスイングのタメをつくることができません.しかし,500フィート(152.4m)以上の打球を飛ばせているので,打撃動作のどこかでバットがタメられている部分があるはずです.

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo
大谷選手は肩を回さずにインパクトするため,肩を回してバットを後ろに残すタメを作ることができません.そうなると,手元でバットのタメを作る方法をとらざるを得なくなります.グリップを体から離して構えると,肩が回らず手元が前方に出てしまいます が,「手元は前方に移動してもバットは後ろにタメられている」という種類のスイングのタメになります.

引用元:https://thedigestweb.com/baseball/detail/id=23893

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo
手元でバットのタメを作るということは,手首を返して打っているということ
大谷選手が手元でバットのタメを作っているのは,手首を返して打つための布石であると考えられます.「右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-肩を回さずにインパクトする」で,肩を打ち返す方向に対して90°で交わらせると,ボールを引っかけてしまうリスクがあることを述べましたが,手首を返す動作も手元を中心とした回転運動となるため,バットを打ち返す方向に対して90°で交わらせると,ボールを引っかけてしまうリスクがあります.つまり,肩を回さずにインパクトする場合と同様に,ここでもまた,バットを遅らせてインパクトするという技術が必要になります.

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo
大谷選手のインパクト時の画像を見ると,打球線(弾道)に対してバットが90°に交わっていて,あたかも後ろ腕でボールを押し込み,センター方向に打ち返しているかのように見えます.しかし,次の瞬間,打球線(弾道)は右方向に向いており,大谷選手がボールを引っかけるリスクを回避するために,打ち返す方向に対してバットを遅らせてインパクトしていることがわかります.
右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-その4-飛距離の秘密②
2021年7月24日 投稿
「右投げ左打ちから見えてくる大谷選手のバッティングの真実-その3-飛距離の秘密①」で,大谷選手が手元でバットのタメを作り,手首を返して打っていることを述べました.手首を返して打つだけでは,オールスター前日に行われたホームランダービーで,500フィート(152.4m)以上の打球を6本打ったことの説明にはならないので,さらに詳しく打撃動作を解説します.
運動連鎖を利用して,手首を返す速度を増大している




画像4枚の引用元:https://www.youtube.com/watch?v=9G8RgglTGMo
運動連鎖の考え方-その2-二重振子モデルにおける運動エネルギーの伝達 で述べたように,運動連鎖では質量の大きな部位から小さな部位に運動エネルギーを伝えていくことが必要になります.肩を回さない大谷選手はインパクトまでに質量の大きい体幹をあまり移動しないため,運動連鎖の効率が悪いのですが、利き腕を伸ばしてブレーキをかけることによって,末端の手首の返しの速度を増大させています.上から見た画像では,利き腕を伸ばす動作が確認しづらいため,33号ホームランの動画から再度確認します.
肩を回さない運動エネルギーの損失を「人」の形で打つことによってカバーする




「人」の形で打っていることを確認できる
画像4枚の引用元:大谷翔平 全打席ダイジェスト 2021/07/10https://www.youtube.com/watch?v=SRjCNnH5FXQ
横からの画像を見ると、インパクト直前までは利き腕の肘が曲がっていますが、インパクトではかなり腕が伸び、フォロースルーでは完全に腕が伸びた状態になっています。ソフトボールのブラッシング と同様に、腕を伸ばすことで、腕自体の動きにブレーキをかけ、末端の質量の小さい手首に運動エネルギーを伝達していることがわかります。
また、腕が伸びた画像を見ると、「人」の形で打っていることを確認できますが、これは、肩を回さないことによる運動エネルギーの損失を、「人」の形で打つことによって下肢から運動エネルギーを股関節を介して体幹、上肢に取り込み、末端の手首の返しの速度を増大させていると考えられます。
尚,大谷選手の腕を伸ばす動作は,インパクトでの打球線(弾道)に対するバット,肩(両肩を結ぶ線)が90°で交わっていないので,ボールを押し込む動作には当たりません.インパクト前からフィニッシュまで右腕は肘が曲がったままですが,これはバットの振りが横殴りならないように,また,手首を返しやすくするために,右腕を張って,左腕を伸ばす方向が右寄りになりすぎないように歯止めをかけていると考えられます.