「科学する野球」の慣性モーメントの記述について,解説します.
2021年6月18日 投稿
慣性モーメントを小さくするためには,前腕とバットの作る角度を小さくしなければならない
さて,構えでフライング・エルボーにしておいた後ろヒジを,バックスイングでさらに上にあげたとき,バットのヘッドを投手のほうに傾けて,慣性モーメントを小さくするようにと前に述べておきましたが,写真⑫のバース選手のバットの傾け方は,①の構えから⑤の打ち出しにかけて,徐々に投手のほうに傾けて,慣性モーメントを小さくするようにしています.これは,構えのときから,バットの先を投手のほうに傾けておいてもよいのですが,何れにしても,慣性モーメントを小さくするには,バットのヘッドをできるだけ前肩(右打者の左肩)に近づけなければならないので,そのためには,前腕(右打者の左腕)とバットの作る角度θを小さくしなければなりません.図⑱の㋑と㋺とを見比べてみますと,㋑のほうが㋺より角度θが小さいですから,バットがよくタメられて,慣性モーメントが小さくなっています.
そこで,この㋑のように,バットを体に巻きつけてスイングすると,慣性モーメントが小さいので,スイングの回転速度を高めることができます.
ところが,㋑のようにバットの先を投手の方に傾けるのは,速い球に対して振りおくれるからいけないと思っている人は,図⑲のように,バットのヘッドを速く回して,前腕とバットの作る角度θを大きくしてしまい,その結果,慣性モーメントが大きくなり,スイングの回転速度が落ちるから,かえって振りおくれることになってしまうのです.
よく,野球解説者や指導者の方で,バットの先を投手のほうに突っ込んではいけないといって指導されているのを見聞しますが,この方たちは,これが常識のウソであることに気付かれていないから,このような間違った指導をなさるわけです.私の申し上げることがウソだと思われるならば,強打者ほど前腕とバットの作る角度θを小さくして打っていますから,確認していただきたいものです.
引用元:科学する野球・実技篇 pp.43-45

構えから徐々にバットを投手のほうに傾けて,慣性モーメントを小さくするランディ・バース選手


慣性モーメント(慣性能率)Iは,m(質量)✕r(回転半径)の二乗で表され,「回しにくさ」の指標となります.選手+バットの質量mは変わらないため,速くスイングするためにはr(回転半径)を小さくする必要があります.図⑱の㋑のようにバットのヘッドを投手のほうに傾けると,前腕とバットの作る角度θが小さくなり,r(回転半径)が小さくなるので,慣性モーメントが小さくなり,スイングの回転速度を高めることができます.

mr2 の値が小さくなるので,慣性モーメントが小さくなり,スイングスピードを速くすることができる
引用元:科学する野球・実技篇 pp.40-41
写真⑫で,ランディ・バース選手が①の構えから⑤の打ち出しにかけて,徐々に投手のほうに傾けて,慣性モーメントを小さくしていることを確認できます.
フライング・エルボーで構える打者が,バース選手のように後ろ肘を上げた反動を利用して肘からスイングする場合,後ろ肘を上げるヒッチ動作のときにバットのヘッドが投手側に傾くので,特に意識しなくても前腕とバットの作る角度を小さくすることできます.

回転半径が小さくなるので,慣性モーメントを小さくなり,スイングの回転速度を高めることができる
バットを体に巻き付けることが,慣性モーメントを小さくすることになる
引用元:科学する野球・実技篇 p.45
慣性モーメントを小さくする-落合博満
2021年11月28日 投稿
フィギュアスケートのスピン
この壁際の素振りを練習するとスイングの回転速度を高めるのはなぜかというと,スイングの慣性モーメントを小さくするからなのです.
この慣性モーメントを小さくするというのはどういうことか,理解してもらう上でわかりやすいと思われる例は,フィギュア・スケートでのスピンです.スケーターがスピンに入るとき,図133のように腕を大きくひろげて回りはじめるが,そのうちに図134のように,両手を高々と頭上にもちあげて両腕を寄せるか,または両腕をすぼめて体に近付けると,スケーターは目まぐるしく回転するが,それはなぜかというと,腕の重量を回転中心に近付けたので体全体の慣性モーメントが小さくなったからで,これは,回転エネルギーを一定とすると,回転速度は慣性モーメントの平方根に逆比例する,という物理を証明しているわけです.
引用元:科学する野球・実技篇,p.205,206

上の記事で述べたように,慣性モーメント(慣性能率)Iは,m(質量)✕r(回転半径)の二乗で表されるので,スケーターが両腕を寄せるか,または両腕をすぼめて体に近付けると,r(回転半径)が小さくなり,慣性モーメントが小さくなります.
バットを体に巻き付けて慣性モーメントを小さくする落合選手
そこで,バッティングの場合はどうなるかというと,バットのヘッドをスイングの回転中心である体にできるだけ近付けてスイングすると,スイングの慣性モーメントを小さくすることになるから,スイングの回転速度を高めることができることになり,その結果,打球の飛距離は延びることになります.
写真90を見ると,落合博満選手はバットを体に巻き付けるようにして振り出し,写真91では,肩をここまで回してもまだバットを体に近く,うしろにタメています.写真92のボールの位置から判断すると,ボールに差し込まれて振りおくれるのではないかと思われるのだが,ここまで慣性モーメントを小さくしていたから,これからのスイングの回転速度が速いために,ボールに差し込まれることなく,写真93で見られる通り,両腕を伸ばしてボールの芯を打ち抜いています.つまり,落合選手のタメのきいた打撃フォームは,力学的には慣性モーメントの小さいフォームであるといえるのです.
引用元:科学する野球・実技篇,p.206,208

このように,バットを体に近付けてタメることは,スイングの慣性モーメントを小さくすることになり,それがスイングの回転速度を高めることになるのですから,この物理から,なぜバットを後ろにタメてレートヒッティングしなければならないかがよく理解されることと思います.それを,ステップした前足を着地させたとき,体重を後ろ足に残しておくのがダメだなんていうのは,物理を無視したたわ言です.写真90のようにバットの先を投手の方に傾けるこ振り振りおくれるからいけないといっている野球解説者は,この物理を知っていないのです.また,下手なバッターは写真91で手首をアンコックして,バットの先を体から離して,慣性モーメントを大きくし,スイングの回転速度を落としています.ですから,打撃の向上をはかるには,慣性モーメントを小さくするために,バットを体に巻き付けられるように壁際の素振りを重ねることです.
引用元:科学する野球・実技篇,p.208
バットを後ろにタメて体に巻き付けると,回転半径が小さくなるので,慣性モーメントが小さくなります.
「下手なバッターは写真91で手首をアンコックして,バットの先を体から離して,慣性モーメントを大きくし,スイングの回転速度を落としています」とありますが,このことについて解説します.

まず,コック,アンコックについてですが,これはゴルフ用語になります.コックとは図㉒のように親指の背面のほうに手を折り曲げることをいいます.
「科学する野球」ではゴルフ用語が多用され,わかりにくくなっている部分がありますが,写真91ではトップハンド(構えで上に来る手)をコック=掌屈(手の平側に曲げる)するのが正しいと理解してください.
トップハンドをアンコック(コックをほどく)するというのは,背屈(手の甲側に曲げる)と考えてください.

写真91では落合選手のトップハンドはコック(掌屈)しているようには見えませんが,アンコック(背屈)にはなっていません.

下手なバッターは写真91で手首をアンコックして,バットの先を体から離して,慣性モーメントを大きくし,スイングの回転速度を落としています
トップハンドをコック=掌屈(手の平側に曲げる)すると,
- バットが体に近づいてバットを体に巻き付けることができる
- 慣性モーメントが小さくなり,バットのヘッドスピードを速くできる
トップハンドをアンコック=背屈(手の甲側に曲げる)と,
- バットが体から離れる
- 慣性モーメントが小さくなり,バットのヘッドスピードが落ちる
村上氏がなぜ,写真91でトップハンドをアンコック(背屈)してはいけないといっているかというと,トップハンドをアンコック(背屈)するとバットが体から離れるからです.
実際にやってみるとわかりますが,写真91の状態でトップハンドをコック=掌屈(手の平側に曲げる)すると,バットが体に近づいてバットを体に巻き付けることができます.慣性モーメントも小さくなるので,バットのヘッドスピードも速くできます.
しかし,トップハンドをアンコック=背屈(手の甲側に曲げる)とバットが体から離れてしまい,慣性モーメントを小さくすることができません.
コック,アンコックなどのゴルフ用語については,「科学する野球」「空手打法」を徹底解説 で詳しく解説しています.