「人の形で打つ」の問題点

体重が完全に前足に乗り移ることはない

引用元:村上豊(1985):科学する野球 (打撃篇) ,ベースボールマガジン社, p.121

 上図に示されているように,「科学する野球」では 前脚に体重を完全にシフトして打つのが正しい動作とされています.これは,歪み理論 で説明したとおり,後ろ脚を軸とした捻りを,前脚に踏み替えて捻り戻しをおこなうときに,体重が完全に乗り移っていないと軸としての役割を果たすことができないという理由からです.

 しかし,野球の打撃,投球動作,捻りによって生じた内部応力を捻り戻して,バット,投球腕のスイングスピードを加速させるというものではなく,内部応力とは関係ない二段階の動作から成り立っています.「人」の形で打つ の記事と重複しますが,再度,二段階の動作の第一,第二動作について説明します.

前足を着地してブレーキをかける(第一動作)

 運動連鎖では,関節を介して運動エネルギーを小さな部位へと伝達していきますが,関節運動にブレーキがかかると,関節運動によって生み出された運動エネルギーが次の関節運動へ転移し,その関節運動にブレーキがかかると,また,次の関節運動に運動エネルギーが転移するというように,ブレーキと運動エネルギーの転移が連続します.

 最初に生み出す運動エネルギー(1/2mv2)はなるべく大きいほうがよいので,投球,打撃のどちらにおいても,ステップする動作を利用します.ステップ動作では体全体を移動できるので,m(質量)を大きくして,運動エネルギーを大きくできるからです.次に,ステップ動作によって生み出された大きな運動エネルギーを次の関節運動へと伝達するためには,ステップ動作にブレーキをかける必要があります.ブレーキが強いほど,次の関節運動へ伝達される運動エネルギーは大きくなるので,なるべく急激なブレーキをかけることが望ましいということになります.

 ここまで読んでくださった方はおわかりかと思いますが,ステップする前足はステップに伴う前方移動にブレーキをかける目的で着地するので,前脚に完全に体重がシフトすることはないということです.ですから,「人」(右打者の場合,「入」)の形で打ったとしても,前脚にウエイトシフトすることはありません.

ジョー・ディマジオ選手
引用元:村上豊(1985):科学する野球 投手篇) ,ベースボールマガジン社, p.46

【西武ドラ1】「おかわり3世」渡部健人 驚愕パワー!特大アーチを放つ
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=gElOImTnk-k

 ディマジオ選手,渡部選手ともに後ろ足が地面から離れていますが,これは前方移動に急激なブレーキがかかっている証拠です.ブレーキをかけるためには膝を曲げた状態か,下腿の角度が90°よりも小さい角度で着地する必要があるので,前脚に完全に体重がシフトすることはないということになります。

前脚の膝関節を伸展して,下肢のエネルギーを体幹,上肢に伝達する (第二動作)

 第一動作でステップに伴う前方移動にブレーキをかけるためには,膝を曲げた状態で前足を着地する必要があります.そして,この膝を曲げた状態から伸ばすことによって,新たに下肢の運動エネルギーを生み出すことができます.このサイトでは,ステップに伴う前方移動による運動エネルギーを一次エネルギー,前足着地後,前脚の膝関節の伸展により生み出されるエネルギーを二次エネルギーと呼んでいます.投球,打撃どちらの動作においても,一次,二次エネルギーの両方が利用されることになります.エネルギーの比率は選手によってまちまちで,中村剛也,山川穂高,渡部健人選手のように一次エネルギーの比率が高い選手もいれば,アーロン・ジャッジ選手のように二次エネルギーの比率が高い選手もいます.

 二次エネルギーを生み出すためには,ステップ脚の膝が曲がっている状態から膝を伸ばして,下肢のエネルギーを股関節を介して体幹,上肢へと流します.打撃の場合,この膝を伸ばすときに腰が回り,上体が後傾して鋭く体幹が回るため,スイングスピードを加速させることができます.運動連鎖の流れでいえば,膝関節を伸ばすことによって生み出されたエネルギーが股関節を介して腰の回転,上体の後傾,体幹の回旋,バットのスイングへと伝達されるとと考えることができます.インパクト後,前脚の膝が伸びて上体が後傾するため,「人」(右打者の場合,「入」)の形で打つという動作になります.

 このように下肢のエネルギーを利用すると,上体は後傾して体重が後ろ足にかかるので,前足に体重がシフトするということはないということになります.前方移動にブレーキをかける第一動作においても,前脚の膝関節を伸展して,下肢のエネルギーを体幹,上肢に伝達する第二動作においても,前足に体重はあまりかからないので,「人」の形で打っても,「科学する野球」で説明されているように前脚に完全に体重がシフトすることはありません.

アーロン・ジャッジ選手
ステップ動作が小さく,前方移動にブレーキがかかるような前足の着地にはなっていないため,一次エネルギーの比率が高いとはいえない.
で引用元:https://www.youtube.com/watch?v=04rd1pi0qT0
前脚の膝が伸び,上体が後傾して「入」の形で打っている.
体重は前脚にシフトしていない.
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=04rd1pi0qT0