ヒッチ(hitch)とは,「ぐいと動かす」という意味で,構えからステップして前足が着地するまでのグリップ,後ろ肘の上下動,横の動きのことをいいます.下げるだけの動作に限定されません.
後ろ肘をフライングエルボーにする理由-ランディ・バース選手のバックスイング
2020年8月31日 公開
NPBにおけるランディ・バース選手の経歴
ランディ・バース
引用元: ウィキペディア
NPBにおけるシーズン打率の日本記録保持者(.389)であり、史上6人目の三冠王達成者。外国人選手ではNPB史上最多となる2度の三冠王に輝いている。
タイトル
NPB
・首位打者:2回 (1985年、1986年)
・本塁打王:2回 (1985年、1986年)
・打点王:2回(1985年、1986年)
・最高出塁率:2回(1985年、1986年)
・最多安打(当時連盟表彰なし):2回 (1985年、1986年) ※1994年より表彰
・最多勝利打点:1回 (1985年)
NPBその他の記録
・三冠王:2回 (1985年、1986年)※史上6人目
・シーズン最高打率:.389(1986年)(日本記録)
・シーズン40本塁打到達スピード1位タイ: 97試合(1985年)
・25試合連続安打(1983年9月6日 – 1983年10月15日)
・連続試合本塁打:7(1986年6月18日 – 1986年6月26日)(日本記録)
・5試合連続本塁打(1985年4月17日 – 1985年4月22日)
・連続打数本塁打:4(1986年5月31日 – 1986年6月1日)(日本タイ記録)
・連続試合打点:13(1986年6月18日 – 1986年7月4日)(日本記録)
・シーズン最多勝利打点:22(1985年)(日本記録)
・連続試合勝利打点:4(1985年10月9日 – 1985年10月14日)
・オールスターゲーム出場:3回 (1985年 – 1987年
グリップを下げた反動を利用して,再度グリップを上げ,グリップを上げた反動を利用して,肘を先行させてスイングする
2度の三冠王に輝き,シーズン最高打率.389の日本記録をもつランディ・バース選手の打撃動作で最も特徴的なのは,彼の最大の長所であるバックスイングです.日本人選手にはあまり見られませんが,ボールを強く打つためには必須の動作になります.




バックスイングでヒッチ動作を行う理由は,肘を先行させてスイングするためです.肘を先行させるとバットを後ろに残してタメを作ることができます.
いきなり肘を上げるのではなく,いったんグリップの位置を下げて(写真②),その反動を利用して肘(グリップ)を上げます(写真③).
そして,肘(グリップ)を上げた反動を利用して肘から先行してスイング(写真④)します.このバックスイング動作を行うためには,後ろ肘を フライングエルボー にしておく必要があります.
バース選手がNPBで成績を残せたのも,このバックスイングに負うところが大きいと考えられます.日本人選手にはこのバックスイング動作はなかなかみられみられません.
フライング・エルボーからバックスイングするボーア選手
2020年9月8日 公開
ウィキペディアによると,ボーア選手は「MLB通算92本塁打で3度のシーズン20本塁打を記録、マイナーでも5年連続シーズン2桁本塁打を記録している」とのことです.
MLBで3度のシーズン20本塁打を記録 しているパワーの一因となっているのは,フライング・エルボー からのヒッチ動作を利用したバックスイングです.このバックスイングでは,後ろ肘を上げた反動を利用して,肘を先行させてバットのタメをつくります.
後ろ肘を上げる前にいったんグリップを下げ,そのグリップを下げた反動を利用します.この最初にグリップを下げる動作のときにバットが投手側に傾き,胸の前が空きます.
バットが投手側に傾くと,慣性モーメントが小さくなり,バットのヘッドスピードを速くすることができます.




フライング・エルボーの構えからスイングに入るまでの動作は,①グリップをいったん下げ,②下げた反動を利用してグリップ(後ろ肘)を上げ,③グリップ(後ろ肘)を上げた反動を利用して,肘を先行させてスイングする,の三段階に分類されます.
山川穂高選手のバックスイング-バットを立てたほうが,グリップを下げやすい
2020年12月2日 公開
バットを立てたほうが,グリップを下げやすい
引用元:YouTube
山川選手のバックスイングを見て,バットを立ててそのまま下に引く動作に気づいた方もおられると思いますが,この動作は,フライング・エルボー からスイングに入る動作の第一段階の動作にあたります.
フライング・エルボーからスイングに入るまでの動作は,三段階に分けられます.
- グリップをいったん下げ(第一動作)
- グリップを下げた反動を利用してグリップ(後ろ肘)を上げる(第二動作)
- グリップ(後ろ肘)を上げた反動を利用して,肘を先行させてスイングする(第三動作)
第一動作でグリップを下げる際は,バットが立ち気味のほうがグリップを下げやすくなります.




フライング・エルボーから後ろ肘を上げた反動を利用してスイングする-デビッド・オルティーズ選手
2021年5月25日 公開
オルティーズ選手の情報
- 身長:約193 cm,体重:約113.4 kg
- 左投左打
- 2408試合,2472安打,541本塁打,1768打点
- 本塁打王1回:2006(54)
- 打点王3回:2005(148),2006(137),2016(127)
- 最高出塁率1回:2007(.445)
- 地元のエスピヤート・エスパイヤ高等学校を卒業後、1992年11月28日に17歳でシアトル・マリナーズと契約を結んだ。
- ツインズ傘下AAA級ソルトレイクにいたころから「打球を遠くに飛ばすことにかけては右に出るものがいない左バッター」として注目されていた。
- 「30本塁打・100打点」を10度達成。
- 引退するシーズンに、打率.315・38本塁打・127打点・出塁率.401・長打率.620・OPS1.021という全盛期並みの好成績を記録。自身3度目となる打点王のタイトルを、ブルージェイズのエドウィン・エンカーナシオンと分け合った。また、長打率とOPSはリーグトップであり、キャリア最後のレギュラーシーズンも、メジャーを代表する大砲として大暴れした。
※ウィキペディアより引用
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=tQ_4Aql-OoE
フライング・エルボーからグリップと後ろ肘を下げる(第1動作)


グリップと後ろ肘を下げた反動を利用して,グリップと後ろ肘を上げる(第2動作)


グリップと後ろ肘を上げた反動を利用して,肘を先行させてスイングする(第3動作)


第三動作でスイングに入るときに,肘を先行させてバットを後ろにタメなければなりません.このときに 後ろ肘のかい込み が必要になります.
「ヒッチ」には上下の動きと横の動きがある
フライング・エルボーからヒッチ動作を利用する強打者を紹介しましたが,いずれも上下動のヒッチを利用するタイプの打者です.
他にも,テッド・ウイリアムズ選手やケン・グリフィー・ジュニア選手のように,背面側にグリップと肘をヒッチする打者もいます.
後者のダッグアウト側にヒッチする動作のほうが理にかなっているといえます.
テッド・ウィリアムズ選手がスイングする前に後ろ肘を背面側に引く理由
2020年8月17日 公開
テッド・ウイリアムズとケン・グリフィー・ジュニアに共通するバックスイング動作
最後の4割打者と言われるテッド・ウイリアムズ選手(終身打率 .344 )はスイングする前に後ろ肘を背面側に引いています.この動作はケン・グリフィー・ジュニア選手にも見られます.
この動作は,フライング・エルボーからスイングに入る動作 の第一動作であるバックスイング動作(後ろ肘をいったん下げる)と第二動作(下げた反動を利用して後ろ肘を上げる)を同時に行っているといえます.後ろ肘を背面側に引くときに,少しグリップが下がりますが,同時に後ろ肘が上がります.
後ろ肘を背面側に引くヒッチ動作を行う打者は,グリップを下げるヒッチ動作を行う打者の第一動作と第二動作を一度に済ませることになるので,二段階の動作で肘を先行させてスイングすることができます.第一動作でヒッチ動作がコンパクトになるため,速球にも対応しやすいと考えられます.
二人の大打者がなぜ同じ動作を行っているかというと,まず 運動連鎖の利用 という側面があります.バットを速く振るには質量の大きい部位から始動して,小さい部位へと運動エネルギーを流す必要があります.そのためには,肘を先行させてバットを後方に残すいわゆるタメを作らなければなりません.フライング・エルボーからのバックスイング(第一動作)で肘を上げた反動を利用して肘を先行させてスイング (第二動作)します.
後ろ肘は捕手側ではなく,背面後方に突き出す
それなら背面後方ではなく,捕手側に突き出せばよいと思われるかもしれません.しかし,捕手側に突き出すと背面後方に突き出すよりも肘が体から離れるので,肘の先行が不十分になります.また, 肘が体から離れると慣性モーメントが大きくなるので,スイングスピードも遅くなります.さらに,インサイド・アウトにバットを振るという点でも,グリップの位置はなるべく背面後方に保持し,体に引き寄せておく必要があります.肘が捕手側に離れていると,体を捻って肘を背面後方に近づけたつもりでも,体とグリップの位置は離れたままなので,バットが遠回りして アウトサイド・インのスイング になります.
つまり, スイングする前にトップハンド側の肘を背面後方に引く理由は以下の三つになります.①運動連鎖を利用するため,フライング・エルボーからのバックスイング(第一動作)で後ろ肘(グリップ)を上げた反動を利用して,肘を先行させてスイング (第二動作)する.②慣性モーメントを小さくしてスイングスピードを速くする.③インサイド・アウトにバットを振る.
ランディ・バース選手の三段階のヒッチ動作,テッド・ウイリアムズ選手の二段階のヒッチ動作をスムーズに行うためには,構えでフライング・エルボーになっていることが条件になります.
「科学する野球」の中で,日本人選手がフライング・エルボーで構えないことについて書かれている箇所がありますので,その記事を紹介します.
「科学する野球」“助っ人”外国人選手のアドバイス-これじゃ,パワフルなバッティングはできっこない
2021年2月16日 投稿
日本の選手の構えは,みんな,こんな感じだ.これじゃ,パワフルなバッティングはできっこない.

さて,図7は,パットナム選手が日本の野球について語った記事の中に掲載された写真をイラスト化したものですが,パットナム選手はこのような格好をして見せて,
「日本の選手の構えは,みんな,こんな感じだ.これじゃ,パワフルなバッティングはできっこない.パワーの素質はあるのに,それをむざむざ殺しているのさ」と述べています.
この彼の発言には,さすがに元大リーガーだけあって,鋭い観察力で日本の選手の動作をよく見ているなと感心させられるとともに,日本の野球界によいアドバイスをしてくれたものだとありがたく思いましたが,日本の野球界で,どれほどの人がこれをグッド・アドバイスとして受け取ってくれただろうかと思うのです.
というのは,彼の発言の中で,「これじゃ,パワフルなバッティングはできっこない」と述べていますが,それはなぜかということが述べられていませんので,これだけでは納得できないのではないかと思われるからです.
とくに,自然体で構えるのがよいのだと信じ込んでいる方は,何をいっているのだ,こちらが教えてやりたいぐらいだ,と思われるでしょうから,そのような考えを持っておられる人には,決してアドバイスとして受け取られるはずがないと思われるからです.
つまり,日本の野球選手には,理論的な説明がないと受け入れられにくいのですが,もともと,自分で決めた規準内の野球以外は認めようとしない偏狭さがあって,なかなか他人様のいうことを聞きいれようとはしないようです.
とくに,アメリカ野球の技術に対しては,あれはアメリカ人には向いているけれども,彼らとは体の大きさが違うのだから,日本の選手には不向きで,マネてはいけないといって,同じ人間がすることなのに,本当に不向きであるかどうかも検討しないで,勝手に不向きだと決めつけてしまい,彼らの動作に合理性があることに気付かないで,彼らとの差は技量差ではなく,体格の差に過ぎないと安易に割り切り,けっこう,自分たちの野球だって彼らに劣らないハイレベルだと自惚れているから,彼らのせっかくのよいアドバイスも無視してしまうことになるようです.
事実,パットナム選手がこのようにせっかくよいアドバイスをしてくれても,チームメートでさえも,彼の言に従い,構え方を改めたという日本選手を見かけない有様です.
ここはひとつ,彼らとても,決して理論的に追求しているとはいえないけれども,あの打球のスピードと,あの飛距離を見せつけられては,そこに何か理にかなったものがあるのではないかと,一歩下がって,彼らのいうことに耳を傾けるべきではないでしょうか.
引用元:科学する野球・実技篇
引用文の中で,パットナム選手は図7のような構えではパワフルなバッティングはできないといっています.では,どのようにかまえ構えればよいのかというと,パットナム選手は,「後ろ腕の肘を横に張り出して,フライング・エルボー で構えなければ,強い打球は打てない」といいたいわけです.
現在は高校野球でもフライング・エルボーで構える選手が多くなっていますが,当時はプロ野球でもフライング・エルボーで構える選手はほぼいませんでした.なぜなら,体の回転で打つという考え方が主流になっていたからです.
背骨を回転軸にして,コマのように回転することはできない

仮想の回転軸で回転して打つことを意識しているため,フライング・エルボーの構えになっていない
引用元:科学する野球・打撃篇

引用元:科学する野球・打撃篇




図3のコマの回転から,回転は回転スピードなりに,回転軸ごと回転体とも等速で回ることを知る.
体(とくに腰)の回転で打つと考えると,図④のようになるが,背骨を回転軸としても,股下からの軸がないから,コマの回転軸の支点となるものがないので,軸で回転するというのだが,図⑤の人体の中にコマを描き入れてみると,図⑥となり,図⑥の中のコマだけを取り出してみると,図⑦となるが,このコマが回転するとは考えられない.人体の現実の姿は,図⑧,⑨,⑩のように,二本の足(脚)で支えられているコマと同じだから,このコマが回転しないように人体も回転しないはずである.
引用元:科学する野球・ドリル篇
彼らとは体の大きさが違うのだから,日本の選手には不向きで,マネてはいけない
村上氏は,30年以上前に「科学する野球」の中で,体の回転で打つことができないこと,フライング・エルボーで構えなければならないことを指摘していました.しかし,パットナム選手のアドバイスと同様に無視されています.
現在ではフライング・エルボーで構える選手が多くなっていますが,フライング・エルボーで構えることに対して特に批判が出ていることもないようです.フライング・エルボーが受け入れられた経緯はよくわかりませんが,日本の野球界は,村上氏が指摘しているように「自分で決めた規準内の野球以外は認めようとしない偏狭さ」をもっているようなので,誰かが正しいことを指摘しても,聞きいれることはほぼないようです.
本サイトでは,「科学する野球」の中から,村上氏が解明したメジャーリーガーの合理的な動作を掘り起こして,皆さんに再提示していますが,日本の野球界は村上氏の指摘するように「彼らとの差は技量差ではなく,体格の差に過ぎないと安易に割り切り,けっこう,自分たちの野球だって彼らに劣らないハイレベルだと自惚れている」という側面があるようなので,正しいことを指摘したとしても聞き入れてもらえることは至難の業に近いと考えられます.