「科学する野球」の根幹をなす歪み(ひずみ)理論について説明します.
内部応力を利用して,投球腕とバットを加速させる
腰の捻りと回転は違う
野球は投手が投げた球の力と,打者がバットに与えた力との対決から勝負が始まります.この球やバットという運動体に与えられた力を「動的の力(f)」といいますが,この力(f)は運動体の質量(m)と加速度(a)との函数ですから,これを公式で示すと,
f=m×a
となります.したがって,この力(f)を大きくするには,質量(m)と加速度(a)の相乗積の値を大きくすればよいわけです.ところが,質量(m)は,球もバットも一応一定しているから,加速度(a)を大きくすれば,力(f)は大きくなることがわかります.
では,運動体の加速度を大きくするにはどうすればよいのでしょうか.
球やバットに加速度を与えるのは,投手や打者の体の中の力です.この力を「静的な力」といいますが,この力は体を捻ることによって求められます.
人間の体は,筋肉がゴムと同じような作用をもつ弾性体ですから,ゴム紐を引っ張ると元にもどろうとする力があるように,捻りを与えると再び元にもどろうとする力が体の中にできます.これを「静的な力」といって,その力の大きさは歪みの量ではかります.
もっと一般的にいうと,どんな個体でも外から力を与えると,その固体内に歪みが起こり,外力と釣り合うための抵抗がその固体内に生じます.この抵抗力を固体の内部応力(歪み応力)といいます.
だから,バックスイングで体に捻り(外力)を与えると,後ろ腰に内部応力が蓄えられます.
そこで,球やバットに加速度を与えるために,バックスイングで捻った後ろ腰を捻り戻すと,後ろ腰に蓄えられていた内部応力が機動力となって,フォワードスイングに必要な前腰の捻りが強力に行われます.この前腰の強力な捻りによって,後ろにタメられていた投球腕やバットの振りが加速されます.
ですから野球技術の巧拙は,球やバットに最大の加速度を与えるために,バックスイングでいかに巧く後ろ腰に捻りを与え,フォワードスイングでいかに巧く捻りの捻り戻しを行って,前腰に捻りを与えることができるかによって決まります.
引用元:科学する野球・投手篇,pp.41-42
「科学する野球」でいう合理的な動作は,すべて歪み理論から展開されています.投球動作であれ,打撃動作であれ,体を捻ることによって生じる内部応力を利用して投球腕とバットを加速することが求められます.いかに巧く捻りと捻り戻しを行えるかがパフォーマンスを発揮するための大きな鍵となります.
回転では内部応力は得られない
第一,腰の回転といっていますが,回転と捻りとは根本的に違うのです.
図3の消しゴムの捻りとコマの回転をみるとわかるように,回転は回転軸ごと回転体が回るのに対し,捻りは一方の端を固定し,他方の端を回すと,その中間に「よじれ」を生じます.このよじれた部分に蓄えられた力が内部応力(歪み応力)です.体の中心でコマのように腰を回すと,腰が後ろに引けて,腰に内部応力が蓄えられません.だから,腰は捻るのであって,回転させてはいけないのです.体の真ん中の仮想軸で腰を回転させよと説かれた方がいましたが,実在しない仮想軸は,回転軸にならないので,どうして回転さすことができるのか,不思議に思うのだが,このように,日本の野球界では「腰は回転させるもの」というウソが常識として定着していることは残念なことです.腰の力は捻りによって生まれることを重ねて強調しておきます.
引用元:科学する野球・投手篇,p.43


仮想軸では回転することはできない.体をコマのように回転させても,内部応力は蓄えられない.
捻りを生むためには,一方の端(足)を固定し,他方の端(肩)を回さなければならない
消しゴムの捻りで説明しました通り,捻るには一方の端を固定し,他方の端を回さなければなりません.ですから,体を捻るには,足を一方の端として固定し,他方の端である肩を回さなければなりません.そうしますと,体の中間である腰がよじれ,腰が捻られます.
では,固定する足のほうの問題から掘り下げていきましょう.
まず,用語の定義として,「足」はツマ先からカカトまで,「脚」は下肢(下腿部)と上肢(大腿部)を指し,「足」と「脚」とを使い分けて用います.
さて,腰を捻るのは,バックスイングとフォワード・スイングの時であることはいうまでもないことですが,したがって,バックスイングでは後ろ足を固定し,フォワード・スイングでは前足を固定して腰を捻ります.ですから,捻りの軸足は後ろ足から前足へと踏み替えられます.
ところが,日本の野球界では後ろ足だけを軸足といっているが,これは間違いです.ここにも日本野球の常識のウソがあります.後ろ足は捻りの軸足としてもちろん重要ですが,投げたり打ったりするには,むしろ前足が捻りの軸足として重要なのであって,前足が軸足にならなければ,投球腕やバットの振りに加速度を与えることはできません.
次は,足と脚の肉体構造上の問題です.それは,ヒザはツマ先の方向に折れ曲がるようにできているということです.ですから,運動の方向にツマ先を向けると,体重を移す勢いで脚がヒザから折れ曲がります.そうなると脚を捻ることができません.脚を捻ることができないと,腰を捻ることができません.
そこで,軸足のツマ先を運動の方向(捻りの方向)に対して交わらすことが必要となります.
引用元:科学する野球・投手篇,p.45
軸足のツマ先を捻りの方向に対して,斜め内側に閉じるのです.ツマ先を閉じて捻ると,くるぶしにつづいて脚,脚から腰にかけて窮屈になります.窮屈なほど歪みが大きく,内部応力が十分に蓄えられます.

足を一方の端として固定し,他方の端である肩を回すと,体の中間である腰がよじれ,腰が捻られます.ただし,軸は棒状でないと捻ることができないので,膝が折れ曲がっていると捻りの軸とはなりません.ツマ先を内側に閉じると膝が折れ曲がるのを防ぐことができるので,捻りの軸とすることができます.つまり,後ろ脚と前脚を捻りの軸とするためには,ツマ先を内側に閉じておく必要があります.
捻りの軸を後ろ脚から前脚に踏み替える
ここで,重要なことをお話ししなければなりません.それは体を捻るために体を回すと,体を回す向きによって,右から左へ,あるいは左から右へと体重が軸足に乗り移る(ウエイトシフト)ということです.体重が軸足に乗り移るから土台ができて,上半身の捻りに耐えられるわけです.
ところが,日本の野球界ではいま,フォワード・スイングで体を早く開く(回す)のはよくないといっていますが,これもまた常識のウソなのです.肩を開くな,肩を止めて投げよ,打てということは,肩を回すなということですから,体を回すなということになります.体を回さないことには体重が軸足に乗り移らないから,体を捻ることができません.体を捻ることができなければ,内部応力を求めることができません.事実,日本の野球界ではバッティングで後ろ足に体重をタメて打てといって,そのために本来,回すべき体の後ろサイドを回さないで,軸足となるべき前足や前脚・前腰・前肩を後ろに振り回している有様で,まったく逆なことをしています.これというのも,後ろ足のみを軸足と考えているから,後ろ足に根を生えさしても平気でいるのです.オーソドックスに前足・前脚を軸にして,前腰に捻りを入れて,その捻りの勢いでバットに加速度を与えて打つという打者がほとんど見かけられなくなりました.体を回すなということは,体重をシフトするなということですから,体重を後ろ足にタメよといわれなくても,体を回さないのですから,体重は後ろ足に残ります.こういった原理に反した迷論(?)が日本の野球界ではまかり通っているのですから困ったものです.
引用元:科学する野球・投手篇,p.49


引用元:科学する野球・投手篇,p.48
「科学する野球」では,投球,打撃において,後ろ脚と前脚を捻りの軸とし,捻りで蓄えられた内部応力を捻り戻すことによって,投球腕とバットを加速させます.後ろ脚を軸に肩を回して体を捻って同じ後ろ脚の軸で捻り戻しても,投球腕とバットは加速されませんから,ステップ後,軸を前脚に踏み替えなければなりません.
やり方は,まず,後ろ足のツマ先を内側に閉じて肩を回し,後ろ脚を軸にして体を捻ります.次に肩を回した姿勢を保ったままステップして体重を移動しツマ先を内側に閉じて着地し,前脚に軸を踏み替えます.このとき形式的には前脚を軸として体を捻っている状態となるため,この状態から捻り戻しを行います.
前脚を軸とする捻り戻しを行うと,くるぶしにつづいて脚,脚から腰にかけて窮屈さが増していきます.つまり,ステップ足着地後の前脚を軸とする捻り戻しは,捻り戻すというよりも捻る動作となります.わかりづらいところではありますが,前脚を軸として体を捻ることが,捻り戻しの動作となります.